第30回「逆鱗の場所」

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平日だというのにオットも会社を休んで入学式に出席するという。
普段の子どもの生活に関わろうとはしないのに、そういった公式行事は欠かさない。
まあ、要するにそういう人なのだ。
式の後、キャンパス内のフレンチで遅い昼食。
校長の話が感動的だったと熱く語るオットを、
業界独特のイディオムに慣れきっている私とムスコは遠い目で見ながら黙々と食べる。

中間試験後の保護者会。
赤い丸が付いている人は、クラス全体会のあと残るようにと担任から指示があった。
赤丸付きは、中等部から来た幼稚舎からの人、
クラスメートから「さん付け」で呼ばれている1歳年上で金髪のいわゆる落生、
スポーツ推薦で入ってきた野球部の人、そしてウチの4人だった。

あああ、やっぱ、やっぱダメじゃん!!!

4人で順番を待ちながら雑談。
落生母はもう数年スパンで開き直りモード、
でも2年連続で同じ学年は居られないので今年はなんとしても進級してもらわないと、
友人から過去問やレポートをもらっておくといいわよ~なんて仰る。
スポーツ推薦のお母さんは三重県から泊りがけで保護者会に来ているのだそうだ。

担任のA先生と、中学での様子や今後の高校生活について話し合う。
さすがに150年続く老舗の一貫教育校だけあり、
縦の連携、情報共有がしっかりなされていると感じた。

「今まで不登校気味のお子さんを何人も見てきましたが、
ほとんどの子が親子、とくにお父さんとの関係がうまく築けていなかったのです」
先生はそう言った。

家に帰って、そう言われたことをオットに伝えた。

「俺が悪いといいたいのか、お前は?」
彼はそれだけ言うとパソコン部屋に入ってしまった。

そんなある日、パソコン部屋のPCでネットつながりの人との連絡用に使っている
ウェブメールを開くと、フォルダに見覚えのないタイトルがずらーーーーーっと並んでいる。。。

??????

よく見たら、アカウントがわたしのじゃない。

そういえば、数ヶ月前にオットからウェブメールの登録の仕方について聞かれたっけ。
家からだけじゃなく外のパソコンからもメールができるのかとか、
セキュリティは問題ないのかとか。

「自分で調べろ!」と心のオクで思ったが
私が使っているウェブメールを例に質問にはきちんと答えた。

「これからはウェブメールにすることにしました」
「外出先でも連絡でき、セキュリティ面でも安心です」
なんて送信があったり

「主人にバレないかしら」
「昨日はずっと一緒で嬉しかった」なんて受信があったり。

1年前に別れたはずのフクヨじゃねーか。

私やムスコが指示どおりにしなかったら鬼のように怒り狂うオットが、
やると言った事は必ず実行する意思の硬いオットが、
自分で勝手に公約したことを破るはずがないのに。

呆然としながら読んでいた私のハートに突然火をつけたのが、
ムスコが不登校気味になりカウンセリングを受けていた頃のことを
「オクさんは子どもの気持ちがわかっていない」だの
「家庭で安らげない貴方がかわいそう」
とフクヨがぬかしていたことだ。

韓流ドラマの主人公のごとく、安っすく酔って、乳繰り合っていることなど、どうでもよい。
私の領域に踏み込んだことは絶対に許せなかった。




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高校に、進学させなければ!

付属校特有の独特なカリキュラムに対応し、
レポート対策もやってくれる補習塾に週2回、
カリスマ数学家庭教師に週1回、
そして何より苦手な英語をどうにかしなくてはならず
自宅と学校の中間地点横浜駅にある「躓き対策塾」にも通わせた。

日本一高い学費に加えて塾2本と家庭教師代でかなりの出費だが、
それで子どもが救えるならなんでもない。
効果があるならもっとつぎ込んでもいい。
何が何でも、どんな手を使ってでもこの私が救うのだ!

だが、こんなにフォローしても、ムスコは相変わらず無気力で、
そのうち塾もサボるようになった。
塾から欠席の連絡が来る。
問いただすと暴れる。
オットは「ダメなやつだ」と吐き捨てる。

3年の2学期末に「両親で」面談に呼ばれた。

家庭内で暴力をふるい物を壊すこと、
家を出ても電車から降りず学校に行けないことが時々あったと説明し、
学校でいじめにあっているわけではなく、
盛り場徘徊などの不良行為もないと伝えた。

幸い、先生方はムスコの状況に理解を示してくださり、
ムスコの心身面フォローのため
親子でスクールカウンセリングを受けることを薦めてくれた。

ずっと黙っていたオットは面談が終わると不機嫌そうに独りで校門の外に消えた。

カウンセラー室は面談室と同じく新館にあるが、
結界の張られた2階と違い開放的な空間で
相談者がリラックス出来るような雰囲気がある。

相談者が座るフカフカのソファーの正面に、
卒業生である某気象予報士Iさん作のヨットの絵が飾られている。

誰もが目にするロビーの弟さん(I家4男画家)と違って、
一般の人が見る機会のないこの部屋にあるのは癒し効果のためなのか、
真相は定かではない。

ここに、私とムスコは学年末まで通い
「学業不振の原因である心身的問題の克服のため」、
大学で臨床心理学を学んだ若い女性のカウンセリングを受けた。

それで進級できるなら、毎日だって通うさ!

学年末試験終了。
白装束正座姿で自宅待機。
ワン切り、もといワン取り。
出頭要請。。。。。
「本人+保護者一名withトリオ」クリティカル的には「上から二番目」。
び、ビミョーだ。。。
ちなみにMさんは「本人だけ」だった。。。

翌日
がらんとしたお白州、もとい教室で、
ムスコと私は御奉行方の出座を待っていた。

「私が、君ならばちゃんとやっていけると判断して推薦したのです。
自信を持って、胸を張って塾高校に進みなさい」と部長は言ってくれた。

ムスコは部長の目をしっかりと見て「はい」と大きな声で答えた。
涙がこぼれた。
霧が晴れた。
先が見えた。
ムスコの笑顔が戻った。




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第28回「霧の迷宮」

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先生や親にいくら「やればできるのに、
何でやらないのか。自信を持て」と言われても信じなかった。
頑張っても霧の中を彷徨っている位置が少し変わるだけで視界が開けなかったから、
そういう確信を持てなかった。
目標に向かって進んでいるのか退いているのか見当もつかず、
そもそも目標って何なのかすらわからなかった。
この迷宮をこれから何年も彷徨うのかと絶望した。

中学受験で入ってきたほかのやつのように優秀ではなく
内部であがってきたやつのようにセレブではなく
高校から推薦で入ってきたやつのように何かに秀でているわけではない
当時、自分はこの集団の中の何者でもなかった。

それでも、そんな自分を認めたくないから、ダメなのはさぽっているからだ
、と思い込むことでかろうじてプライドを保っていた。
その砦を外されるのが怖いから、父親から図星を指され、
母親から叱咤されると暴れ、物を壊した。
追い詰められて墨を吐くイカのように。

20歳になり、ようやくムスコは当時の気持ちをこう語った。

先生に「成績もさることながら、遅刻や欠席が多い。
このままでは高校に進級できない恐れがある」と言われた。

そんなはずはない!毎朝、駅まで車で送っているのに。。

夜遅くまでネットをしていて睡眠不足で、
電車の中でつい眠ってしまいふと目が覚めたらもう昼すぎ。
山手線を何周もしてしまっていた、とムスコが言う。

レポートを書くために必要だからと、インターネットに接続できる端末を与えているのだ。
「通学に支障が生じるような使用をさせるな!!お前がちゃんと管理しろ!」
オットが当然「私に」コマンドを出す。

私は夜11時以降のPC使用を禁止する。
午後11時。まだ接続しているノートPCを取り上げようとすると、
ムスコは液晶画面を叩き割る。
ひびの入ったPCで布団の中でネットを続ける。
朝半分寝たままの状態のムスコを車に乗せ、駅に放り込む。

レポートの提出が遅れているのでやはりPCが必要だ。
何度も壊されてそのたびに新品を買うわけにはいかないから、
ヤフオクで同じ型番のジャンク品を落とし、液晶画面を付け替える。
何台もそうやって直した。

「お前が甘やかすからだ!言われるがまま何でも与え
自分で解決させないからダメ人間になるのだ!」
オットは私を責めた。

オットもムスコも直接対決はただのバトルになることがわかっているから
私を介してしかコミュニケートしなかった。

「反抗期はみんなそうよ、そのうちウソみたいに直るから」
多くの先輩からそう言われた。

それぞれが、出口のない霧の中を彷徨っていた。




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いったん入ったらよっぽどの事がない限り
大学までエスカレータ式に上がって行くので、
受験のためにガツガツする必要もなく、
のびのびと学生生活を楽しみ、
友人との交流、部活動や研究にいそしめる。
はずであった。

ムスコは、その数百分の一ほどの「よっぽど」になってしまった。

成績不振で進級できない子は内部進学がほとんどで、
中学受験で入った子がそういう事態になることはめったにない。

ムスコは、その「めったに」になってしまった。

三期ごとの学期末に保護者会があり、全体会の後にクラス会が行われるが、
その際成績表が渡される。
担任との個人面談を親が希望する場合は、
当日、全体会の前に受付においてある出欠表に丸をつけて申告する。

それと反対に、学校側が個人面談を希望する、
素行不良や学業不振な生徒の保護者を面談のために呼び出す
「逆指名」というのがあり、通常保護者会の前々日頃に担任から電話で行われる。
逆指名候補の家庭はその週は電話の鳴る音に怯えて暮らすのだ。

1年生の3学期から、逆指名がかかるようになった。
保護者会は通常、土曜日の午後行われるが、
逆指名者は午前中、「クリティカル度」に応じて
指定された場所に指定された人数で出頭する。

クリティカル度は「子供だけwith担任」が一番低く、
「保護者どちらか一名だけwith担任」
「子供と保護者一名with担任」と上がって行き、そこまでは教室で行われる。
中間成績が進級基準の3.0(5段階評価)を下回ったり、
生活上、気になる点など、担任レベルでなんとかなる案件はこれで収まる。

次の段階は「保護者一名with担任、学年主任、学校長(部長)」
による赤じゅうたん面接。
進級会議餌食リストに入るような成績不振、素行不良者は
教室ではなく事務室の奥にある、通常の保護者が立ち入ることのない
絨毯敷きの応接室で、三色旗トリオによる
穏やかではあるが厳然とした「通告」を受ける。

最終段階は「両親と三色旗トリオによる赤絨毯面接」これはほとんど最後通告。

1学年3学期クリティカル度1で始まった逆指名、
2学年2学期には赤絨毯を踏むレベルにまで上り詰めた。

午後は7百数十人の父兄が押し寄せる学校も、
午前中は授業も部活も休みで閑散としており、全く人の気配がない・・・
はずなのだが、ぽつりぽつりと、品のよいダークスーツに身を包んだご婦人が、
お互い目を合わせることも、会話をすることもなく、静に座っている。
光景としては相当シュールだ。
かなり怖い。

そして私は、あそこに居るのは、、、某大物演歌歌手のMさん?
なんてテンションあげる余裕もなく、同じくひとつのパーツになっていた。




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※いつもコメントをありがとうございます。
ただいま、いただいたコメントおひとつおひとつに
お返事をさしあげるのが難しい状態です。

もちろんきちんと大切に読ませていただいておりますので、
ご理解のほど、よろしくお願いいたします。

「人の携帯やメールを勝手に盗み読みして、騒ぎをわざわざ大きくして、
子供たちを不安にさせて・・・どういうつもりだ」
オットにそういわれると、開きっぱなしの携帯画面や、
パスワードもなしの丸腰のアウトルックに入っていたメールを読んでしまった私のほうが
罪悪感や後ろめたさを感じてしまう。
 
二人の関係そのものに怒りは感じなかった。
むしろ、20年も一緒に暮らしている日常の裏側を
めくって見た異次元の光景に得体の知れない恐怖を感じた。
普通に仕事をし、普通に家族と暮らしていて、
他ならぬ人一倍モラルに厳しい夫が、
独身者や生活破綻者のように反社会的な行為をしていたことに。

オットの携帯電話は、正太郎くんが鉄人28号を操る小型操縦器のごとく、
召使を駅まで車で迎えに来るよう呼び出したり、
見たいテレビ番組を抜かりなく録画するよう指示を出したりする道具であって、
決して絵文字やハートマークが踊るメールの受信や、
「あ」と入力したら「愛している」という語句が
変換候補の筆頭に出てくるような代物ではないはずだ。
ちなみに私の「あ」最有力変換候補は「アップする」だった。。。。
 
そんな私がキレたのは、オットが彼女に送った文章のうち
「家族を大切にし、その中で(ふたりの関係を)暖めていきたい」という行だった。
 
反抗期のムスコや気が利かないヨメにいらいらし、
家の中で休まることがないとオットはずっと言っていた。
それで安らぎをその人に求めたのだったら、
その人と共に暮らせばよい(そうすれば私も怒られずにすむ。
正太郎君の指令がなくなればそのぶん子供に全力投球できる)。
 
で、カッコの部分を除いて、オットにそう伝えた。
 
オットは
その人が好きであったこと。
もしその人と先に出会っていたら私と結婚はしなかったこと。
でも思いだけでそれ以上の関係は一切なく、
お互い家庭を捨てるわけにはいかないのでその人とはもう二度と会わない。
今後は家族と向き合い関係の建て直しに専念すると言った。
 
その人と出会っていたら私と結婚しなかった。


正直にそれを私に言ったのオットの誠意であろう。
だが、この言葉はその後、ボディブローのように私を蝕んでいった。
産まれてきた子供たちまで否定された気がした。
 
だが、一線を越えてしまった者の心理などしらぬ私は、
オットはマニフェストどおり彼女とは別れるのだろうと思った。



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※いつもコメントをありがとうございます。
ただいま、いただいたコメントおひとつおひとつに
お返事をさしあげるのが難しい状態です。

もちろんきちんと大切に読ませていただいておりますので、
ご理解のほど、よろしくお願いいたします。

家のPCメール受信箱に
太鼓のオバチャンから
スパムメールの山、山、山。

アタマに血が上ると言う感じはなく、
むしろ短時間により多くの情報を吸収するべく冷え冷えと冴え渡っていたと思う。

冷静なアタマと対照的に体の方は
開いた口が塞がらないを通り越して顎がはずれそうだったし、
マウスを持つ手はは震えが止まらす、膝はガクガクと音を立てて笑い、
腰は完全に砕けきっていた。

ひとつひとつ急いでめくってみた。

 一年ぐらい前から、 最初は日程などの連絡事項のみで、
徐々にくだけた表現になり、
半年前ぐらいから激しいラリーでREの山ができるようになっていた。

 「メールだと他人行儀ね(*^-^*)」なんて表現もあった。。。
50代のオバちゃんが顔文字。。。
しかも(*^-^*)。。。キモいぜ。
うちのPCは「かお」→「(´Д`)、( ノД`)、・゜・(ノД`;)・゜・」なのに。


ざっと斜め読みしただけでも、ここ半年の間に起こった、いろんな事がわかった。

ウェブど素人のオバチャンがビルダーで作ったサークルのサイトが
文字化けでガタガタになった時、
同じぐらいど素人のオットから直し方を聞かれ、
簡単に説明して直せるものではないので私が修正したのを、
まるで自分がやったかのように振舞っていたこと。

オバチャンと2人で出かける待ち合わせの地図を私が作らされていたこと。

十数年前から冷え切った夫との間に、今年25歳になる娘がおり、
彼女は小学生の頃からひきこもりで、母親に対する家庭内暴力が続いていること。

その件で数年前から霊能者のカウンセラーを受けていて、
自分もセミナーを受けてカウンセラーの資格を得たこと。
そのカウンセリングの『プロ』である自分の見たてでは、
うちのムスコの反抗は母親である私に問題があるためで、
家庭で安らぐことのできないオットが気の毒でしかたがないこと。


ムスコが初めてモノを壊し、その晩どす黒いオシッコが出て病院に行った日、
二人は川崎の連れ込み宿に明け方までいたこと。

私や子どもたちの都合で日程を変更した湯河原行きの日、
彼らは新島に行くはずだったこと。

日々の暮らしで起こることにはオモテとウラがあるのだ。
と言うことを、40半ばになって初めて知った。

裏返して見たのは・・・・・。


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いつものように朝4時50分に起きたら
書斎でオットがケータイの画面を開いたまま仰向けに倒れて寝ていた。

平日は太鼓のお稽古の日以外は仕事プラス呑みか、単に呑みか、
とにかくその日のうちに帰ることはないが、
昨晩1時に寝た時はまだいなかったので、おそらく数時間前に帰ったのだろう。
熟睡していて声をかけても起きる気配がない。

朝出かけるまでに準備完了の状態にしておかないと怒られるから、
ズボンを剥いでプレッサーにかけ、ケータイは充電器にかける際、ふと画面を見たら

「今日は楽しかった
三宅は残念でしたが
(中略)
これからも家族を大切にしながら
温めていきたいと■■」

と、打ちかけたままの状態になっていた

初期画面にもどすかこのまま充電するか一瞬迷ったが
まあ必要ならまた打つだろうと思って一段階戻した。

家族を大切に?????????
大切なのは「家族思いの俺」だろう、というツッコミはともかくとして。対外的には。

宛先はfukuyo-takeshita@***というアドレスで、武下富久代という登録名だった。
確かオットが所属する太鼓サークルのオバチャン軍団のひとりだ。
公民館でお稽古の時はワゴン車での送り迎えが義務なので、おそらく会った事はある人だ。帰り時間にクルマから降りずにムスメの模試自己採点をしていたら
「非常識な奴だ。ちゃんと挨拶しろ」と
クルマから引きずり降ろされ挨拶させられたことがあるし。

きっと、そんなかの誰か。
どの人も「祭りで鳶みたいな格好してるオバちゃん」にしか見えなかったが、
なんとなく名前は覚えている、気がする。

もう一段階、送信フォルダに戻した。

RE:RE:RE:RE:RE:RE:
RE:RE:RE:RE:RE:
RE:RE:RE:RE:
RE:RE:RE:
RE:RE:
RE:

みたいな、オバちゃんあてのレレレの山が、逆ピラミッドな「おやじっちの糞」状態で、わっしわっしと出来ていた。

ひゃあ、おどろき。

オットの携帯は鉄人28号を動かす正太郎くんのプロボのごとく、
駅まで迎えに来いとか、明日朝早くどこそこまで送れとか、
私に対する指令を「音声で」発信するためのもので、
28号がネットに夢中で呼び出し音に気づかなかったりするとすごくすごく怒られる。

28号から正太郎くんにかけることは通常はない。
半年前、深夜に血尿が出て病院に行った際は電話したが出なかった。
でも、正太郎くんがでないのはいけない事ではないのだ。

そんな訳で、オットがこんなに携帯「メール」を使っているのは意外だった。

ああ、それはともかく3学期。。。冬休みやら試験休みやらで実質1ヶ月あるかないか。
なんとか乗り切らなくては。。。誰がだ。


いつものように家事の合間の至福のネットタイムに
ふと思い立ってアウトルックを立ち上げてみた

オットとワタクシが使っている家のデスクトップPCは
メーラーはアウトルックエクスプレスを使用しており、
プロバイダーのメールアカウントがデフォルトで開くようになっている。

私は友人とは掲示板やチャットでのやり取りがほとんどで、
一対一のメールはあまり使用しておらず、
その際もホットメールなどのウエブメールを利用している。
従って明確に取り決めたわけではないが
プロバイダのメールは事実上オットの専用となっていた。


この半年ほどで

パスワードも設定していない、丸腰のフォルダに、
途方に暮れるほど、富久代おばちゃんの逆ピラミッドが出来ていた。



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第23回「家族旅行」

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11月の中旬に家族で湯河原の温泉に一泊旅行をするとオットが言い出した。
オットは家族旅行が好きである。

と言うか「家族を旅行に連れて行く俺」が好きなのだと思う。
子どもたちの行きたいところに連れて行き、したいことをさせる旅行ではなく、
行き先も行動計画もオットが仕切る。

道中、右の景色を見ろ、左がきれいだぞ、なんて時に
子供たちが携帯ゲームに興じていたり、
気のない生返事をしたりするとみるみる機嫌が悪くなるから大変だ。

フォローしないと「もういい、帰ろう!」とキレだしたり
「お前のしつけが。。。」と矛先がこちらにきたりするので、
ゲームを取り上げ、せっせとムードをあおるのが私の務めだ。

それでも、思わぬ失態で彼の怒りのスイッチを入れてしまい、
雰囲気を台無しにしてしまうことが時々あった。

この時は、彼の指定した日程はムスコの学校行事やムスメの塾の関係で調整が難しく、
11月の第一週しか予定が揃わなかった。
オットは第一週は都合が悪いと不機嫌だったが、
そうなると旅行自体が成立しないので最終的にそれで折り合いをつけてもらった。

その日は土曜日で、ムスコは午前中授業があり、
午後はクラスの友人たちとSFCの文化祭に行くことになっていた。
ムスメと私はムスコとそこで夕方待ち合わせ、
東海道線湯河原駅でオットと合流する手筈だった。

男子校であることや、通学圏の関係もあってか、
進学先にSFCを選択する普通部生はあまり多くなく、
クラスに一人いるかどうか。
数人が志木を選択し、ほとんどは塾高に進学する。
ムスコも友人たちも当然そのつもりだが、
来年の今ごろ進路希望表を提出するまでに、
各学校の行事等をひととおり見て、よく考えて決めるよう推奨される。

ムスコが友人たちと周っている間、私もムスメと二人でキャンパス内をひと回りした。

同じ系列校でも、流れている空気が全く違うのに驚く。
そして、最終的に同じ集団を形成し同じ空気を形成することにも。

ムスメに感想を聞いた。

「ビミョー」

彼女は、どこの学校に連れて行ってもそんな感じ

塾通いは嫌がらずそれなりにサクサクこなしているが、
今ひとつモチベーションが低いというか冷めているというか。

そろそろ終了時間という頃になったが、決めた集合場所にムスコがなかなか現れない。

参加イベントに時間がかかって予定より遅くなってしまった。
しかも、東海道線に乗るのでバスで辻堂にでることにしたのが、
バスの本数が少なかったり所要時間が意外とかかったりして、
結果としてオットを30分ほど待たせることになってしまった。
電波状態が悪く、彼にそのことを伝えるのも直前になった。

怒る
怒る
怒る


自分の都合で妻や子どもが待つのは当たり前だが
逆は許されないのだ。

湯河原駅で会ってから宿につくまで、ずっと怒っていた。
文化祭の様子を話す雰囲気でもなく
聞こうという気もないようだった。

子どもたちは黙々とご飯を食べ、お風呂に入り、テレビを見て寝た。
次の朝、朝食を食べて、オットは太鼓のイベントに、
子どもたちは塾に、私はネットで知り合った友達とランチを食べに行った。

2学期の終わり、担任から面談の逆指名を受けた。
家でこそ暴れているが、最近はPという鷹番にある
レポート指導をしてくれる御用達補習塾に送り込み、
曲がりなりにもレポート類は出しているはずだけど!

「家族について」という作文が出ていないという。

仕事帰りのお父さんが合流して家族で湯河原の割烹旅館に行き
文化祭の話題で盛り上がった、という幸せなストーリーに仕立てた叩き台を作り、
清書させた。

Aをもらった。


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第22回「BARA BARA」

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エアコン、ファンヒーター、椅子、テーブル、アイロン・・・

電子レンジを皮切りに、ムスコは次第に近くにあるモノや、
私が手に持っているモノを壊すようになった。

モノを壊す子どもと暮らしたことのない人は、
あたかも彼がのべつ怪獣のように暴れているようなイメージを持つかも知れないが、
普段はごく普通だ。

提出物のことや学習の進捗状況のことを指摘されたり、
生活態度について『うるさく』注意を受けたり、
家族間で諍いなど不穏な空気が流れているなど、
精神的に追いつめられ耐えられなくなった時にスイッチが入る。
そうなるとしばらくは手がつけられない。

イライラさせた相手、それはほとんど私だ、を殴る、
あるいは怒りを鎮めるために自分を傷つける代償行為として、
モノに当たっているのだそうだ。
そうしないと気持ちが収まらないのだという。

暴れるだけ暴れたら、部屋に引っ込み鍵をかけてしまう。
深追いすると状況は悪化し、『モノ』だけではすまなくなる。

嵐が去ったあと、私はゴミ袋と掃除機を持って後片づけをする。


壊したことを報告すると、オットは弁償させろ、修理代を請求しろと言うだろう。
自分が扶養している子どもに求償など現実的にはできないことだだが『できない』と言ったり、
あいまいに返事をすると夫の怒りに火をつけることになるから、黙って買い替える。

そうやって、リビングの家電は、ひととおり買い替えた。数100万かかったと思う。

壁もあちことボコボコになっていたが、『これでおしまい』がないので、だんだん補修もしなくなる。

荒れた景観は、荒れた空気を助長する。
聞こえよがしのオットのつぶやき、
ムスコの舌打ち、

まるでガザ地区のような ピリピリした居間を、
地雷を踏まないよう細心の注意を払いながら、
オンナ、コドモ、トシヨリはそそくさと通り過ぎる。

深夜にオットが帰宅する。

ムスコは部屋に引っこむ。

テレビの深夜番組を見ている気配がするが、注意するとオットも騒ぐし、
言い争いになると画面を粉々にたたき砕いて壊してしまうので見て見ぬふり。

液晶テレビ、ケータイ、ノートパソコンは何台壊されたろう。

ケータイは故障修理サポートでかなりカバーできた。
テレビは地デジ非対応の古い機種で格安のを一年で何台も買い替えた

2011年以降もこのテレビが無事だなんて思いもしないから。

パソコンは液晶パーツだけネットオークションで購入してダメになった部品を取り替えた。

おかげで職場のパソコンのちょっとした故障はだいたい修理ができるようになった。

テレビやケータイがなくなって困るのは本人、新しく買い与えなければ諦め反省するだろう。

というのはガザ地区に住んだことのない幸せな人の発想で、
結局妹やおじいさんが寸借詐欺(笑)の被害を受けるのでそうういうわけにもいかないのだ。

壊す人
壊れる人
欠片を拾い集める人
息を潜める人

なんだかバラバラだったけど、みんな気づかないふりをしていたのだ。



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中2の夏休みが終わり、二学期が始まった。

やってるふうでもなかった
夏休み前のお呼出しで督促を受けていた理科のレポートや
労作展の作品は仕上がっているか聞いてみた。

出来ているとムスコは言った。

見せるように言ったら、嫌だという。
机の上に置いてあったレポート用紙を手に取ったら奪い取られた。
ほとんど白紙のようだった。

見せなさい!と言って奪い返そうとしたら、ビリビリと破いてしまった
せっかく書いたのにお前がガタガタ言うからこうなったのだ、
と意味不明な言いがかりをつけてきた。

言い争いになり、ムスコが殴りかかりそうになったので
「暴力はやめろ」と言った。

するとムスコは部屋の片隅に置いてあった金属バットを持ち出してきた。
目が完全にイってしまっている。

小学校低学年の時、一緒に近くの公園で野球をしようとオットが買ったものだ。
どんくさい動作を叱られるのをムスコがいやがり、結局ほとんど使われる事はなかった。

バットを、振りかざした。
素手で殴られても肋骨が折れるのだ。
これで頭を殴られたら死ぬか、後遺症が残るような重傷を負うだろう。

好きにすれば良い、と思った。
何でも出して助けてくれるドラえもんがいなくなれば、困るのは自分なのだ。

ワタシの目の前で爆音がなり
電子レンジのガラスが粉々に砕け散った。

ムスコは部屋に戻り
私は耐熱ガラスは破片にはならず、
きれいなガラス玉になるのだなあと妙に感心しながら掃除をしていた。

とにかく明日は電子レンジなしでお弁当作らないといけない。
全く、どこまで面倒なんだ!!


その日の深夜1時頃、トイレに行ったら
どす黒くドロッとした、プルーンジュースのような尿が出た。
痛みはない。

ビックリしてじいさんに相談したら、
痛みはなくても尋常でないから病院にいくよう勧められた。
自宅からクルマで20分ほどの夜間診療の病院に連絡し、診察してもらうことになった。

オットはまだ帰宅していなかった。携帯に電話したが繋がらない。
自分で運転して病院にいった。
いろいろ調べたが、原因がよくわからず、
結局安静にして様子を見るようにと言われ3時頃帰宅した。

オットはまだ帰っていなかった。

5時に起きて、電子レンジなしで弁当を作った
オットは爆睡していた。


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オットが関わっている太鼓の世界には知的障害を持ちながら
素晴らしい演奏をする子や そんな子どもを支え
共に活動をしているお母さんなども多いらしい。


頭が下がる。彼らは本当にすごい。そんな話しをよくするようになった。
ハンディがありながら精一杯頑張っている子や
それを支える賢母が世間には数多いるのに、
恵まれた環境とチャンスを与えられていながら頑張らないムスコと
それを甘やかしスポイルするツマは夫にとって
苛立ちと怒りの対象でしかないのであろう。

その方々も自分が生んだ子どもをなんとかしたい
「ひりだしたモノを何とかしなければ」という点では
同じような気持ちで動いているのではないかと思ったが、
そう言うと彼の話しを否定することになり、
さらに厄介なことになるから黙って聞いている。


そのムスコの話なのだが。

家にはもともと、ウインドウズ系のデスクトップが一台あった。
オットが各メーカーの機種から、
容量だのメモリだの処理速度だのコストパフォーマンスだのと
ありとあらゆるスペックを比較検討して選んだ自慢の品だ。

ワタシはPCは適当に動いてくれればハードはどこのでもよく、そ
れを使って何をするかがすべてだ。

元々は仕事で必然的に覚えたが、趣味の領域でもウエブに画像を載せたい、
動画をやりたい、そういう動機から守備範囲を自然に広げていった。


ムスコが中学生になって、レポートを書くのにウエブで調べたり
記録をするのに必要だからというので、
ワタクシがネット限定販売お得な割引のある某メーカーの安いノート型を買ってやった。


夜遅くまでネット三昧のムスコに、レポートの進捗状況をたずねると
「やっている」と言い
パソコンを見せるように言うと「待て」と言い


夜12時以降はPCの電源を落とし就寝せよ、
勉強に使わず遊びにしか使わないなら返却せよというと「うるさい」と言い


偽りを言っても履歴を見れば一目瞭然であると言うと
ムスコは液晶を叩いて壊してしまった。

1度ではない、いままでに5回も叩き壊している。


壊してしまって、このままPCが使えなくなって、
その結果元の生活に戻るのであればと思ったが
(つまり夜更かししないということ)
そんなこともなく
結局親のデスクトップを使うようになるだけなのだ。


そうなると、ムスコとオットの接点、つまり火種が増える。

そうなると大事な大事なデスクトップ様まで被害にあうではないか。

だから、ほとぼりが冷めると本人の求めに応じてPCを与え続けた。
ただ、その度に買い替えるというわけにも行かないので
ヤフオクなどで部品をゲットし、ワタクシが直した。
いつの間にかそういうことのできる人になっていた。


「メールで地図を送りたいんだけど」オットが言った。
単に既存の画像添付ではなく、「ここを曲がって」とか、
「この看板を目印に」などの注釈を入れたものを作って送りたいのだと。
そうなるとフォトショップの使い方から教えなくてはいけない。
「ちゃんと説明すれば自分で作れる」というが、
明日の待ち合わせに関してだからすぐ送りたいとも言う。

オットに「ちゃんと説明している」と認定してもらうのは、
ワタクシにとってはとてもとても大変なのだ。
なので結局いちばん手っ取り早く「ワタクシが作った画像」を提供した。

「で、これをどうすればいいんだ」

え、送ったことないんだ。。。添付ファイルつきのメール。。。
意外だったが、バカにしてると思われぬよう黙って「ちゃんと説明した」

また、あるときは「ホームページの直し方を教えろ」と言って来た。
サークルのお母さんたちが管理しているサイトの文字や画像が
重なったりずれたりして見にくくなっている。

ソースを見ると、どうもホームページ作成ソフトでタグの知識のない人が作ったため、
何かの拍子に余計な記述が入ったり抜けたりしてフレームが崩れてしまっていたようだ。「この行のこの記述を削除して」なんて言ったところで
混乱するだけだろうから訂正版を作ってこれと差し替えるように指示した。

次の日、差し替えの仕方がわからないというのでアップロードの仕方も教えた。

オットはマシンのスペックにはひどく拘るが、
それを窓にして世界を広げるということにはあまり興味がなかったのだ。

ネットオークションで落とした液晶画面が宅配便で届いた。
深夜、PC用ねじ回しで本体とつなぎ合す作業をしながら、
「ああ、ワタシはこれをひり出したのだ」と、
床に叩きつけられた壊れた液晶の横で腹を出して眠っている、
最初は2622グラムだった、
今では自分の2倍ほどのメカタに「成長」した物体をみてぼんやり考えていた。




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第19回「悲しみの加藤治子」

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すれ違い様に舌打ちしたの、しないの
聞こえよがしに
「ワタクシに向かって(お互い本人に直接は言わないから)」
イヤミを言ったの、言わないの


そういったイベントが火ぶたとなってムスコとオットのバトルが始まる


最初は胸ぐらをつかみ合い
次第に、無言で蹴り合い、どつき合い
激しく殴り合う。


どこかでみた光景。。。寺内貫太郎だ

もともと中肉中背だったのが、和太鼓をやりだしてから身が締まり筋肉質になったオットと
もともとぽっちゃり型だったのが、食べ盛りでネット三昧でますます運動不足のムスコ。。。
貫太郎・周平と体型が逆だった。


最初はビックリおびえていた樹木希林じいさんも浅田美代子ムスメも
次第になれてきてこれが始まると、リビングのテレビを消し、それぞれの部屋にひっこむ

そして加藤治子は。。。

同じ頃、奈良県で有名私立進学校に通う高校一年男子が
自宅に火をつけ家族3人が死んでしまうという事件が起こったが、
このような事件は特別な子どもがいる特別な家庭に起きるのではなく、
今、この瞬間、何かの拍子でムスコかオットが死んでしまうこともあるのだと
妙に達観しながら、ぼうっと見ていた。

このまま二人の喧嘩がエスカレートし、どっちも退かなかったら。
手加減する分別はあるだろうオットと違って、
死に物狂いになっているムスコにオットはもしかしたら殺されてしまうかもしれない。

「有名中学」「父親」「長男」「自宅リビングで」「激しく口論のすえ」
明日の朝刊に見出しが踊り、今日の喧嘩の顛末が記事になっている。
そんな光景が頭に浮かぶ。

ムスコとの喧嘩でオットが死ぬ。
それは仕方がない。
だが、そのことでムスコが犯罪者になるのは嫌だ。


などと考えている自分に、思わずハッとする。

「やめなさい!!!」二人の間に割って入り、喧嘩を止める。そうしないと終わらないからだ。

結果、二人から殴られる羽目になる

顔面は腫れ上がり、腕は打撲を負い、肋骨が折れた。
だが、オットに言わせると、
それは弾丸飛び交う鉄火場に不用意に飛び込んでくる私が悪いのであって、自業自得。
彼は加害者ではなく不可抗力。何も落ち度はないのである。

そんなことはどうでもよい。
肋骨の痛さより、殴りかかって来たときの息子の目がただただ切なく悲しかった。

年長の頃、「ど。ど。ど。どおおおおして!!」と。
真っ赤な顔で叫んでいたときと同じ目だったからだ。



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ムスコは、保育園年長の頃、突然どもるようになった。

「ど、ど、ど、どうして・・・!!!」
「お、お、お、お母さん・・・!!」

真っ赤な顔をし、体を硬直させ、目をつぶって腹の底から声を絞り出すように話しだす。
とくに、父親と話している時が酷かった。
驚いて育児書をあれこれ読んで調べたけれど
「一次性吃音といって男の子に多く、ほとんどが小学校に上がるまでに自然と治る。
原因ははっきりしない。無理に直そうとすると悪化することがあるので
言い直させたりせず気にしすぎないこと」とあったので自然に任せていたら次第に治った。

なので、かつて吃っていたことすらすっかり忘れていた。

当時はなかったネットで今いろいろ調べてみると「
過剰な精神的ストレスの防衛反応」「親に対する緊張」などを
原因とするものが多いとあり、思わずうなってしまった。

ムスコは最近「できることなら5歳の頃に戻って人生もういちどやり直したい」
とよく言っているからだ。


ムスコは中2になり、体は縦にも横にも大きくなった。
入学時に大きめに作った制服が着れなくなり新調した。

あるとき、ムスコが家に電話をかけた「あ、オレオレ」。
電話に出たじいさん(同居しているワタクシの父)は
「うちにはそんな奴はおらん!!」と息巻いて切った。

「今世間で騒がれているなんとか詐欺の電話がかかってきた!!」と憤慨して。

「...いまの、あの子だよ?じいさんがいきなり電話切ったって、
ワタシのケータイにかかってきた」

「んなはずはない!あの子はあんな声じゃない!!」

いや、、、あんな声ですって。

いつの間にか、おっさんのような声になっていたのだった。

太って、どんくさくて、ぼそぼそ低い声で、
家に居るとゴロゴロとテレビみてるかゲームしてるかネットやっているか。
運動したり勉強したりしてる様子もない。

オットは、そんなムスコがますます気に入らない。

あいつの顔を見るとムカムカする
そういうあいつをきちんと躾けないワタクシにもイライラする。

あいつはデブ特有の悪臭がする。
お前からも、何とも言えない嫌な臭いがする。

だからお前らがいる家に帰るのが苦痛である、と言いだした。

確かに思春期になり、新陳代謝が活発になったムスコは「男臭く」はなったが、
一般に比べて体臭がキツいとは思えない。ムスメに聞いても「別に気にならない」という。

ワタシは、今までそんなこと言われなかったのに、
40代中盤にさしかかり、いわゆる「おばさん臭」くなったのかな?
んんん、でも毎日風呂に入ってるし〜、どうしたら良いか分からない。
なるべくニンニクやニラなどを食べないようにするしか。

太鼓のサークルのおばちゃんたちから電話かかってくると、
すごく愛想よくさわやかな笑顔で受け答えしているのに。
他人の加齢臭は気にならないのかな。

まあとにかく、家でワタシやムスコを見ると舌打ちするし
ムスコは父親を見て舌打ちするし

だんだん、オットとムスコが家に居るときは空気がピリピリし、
ムスメと私は、腫れ物に触るようにハラハラしながら生活するようになった。

思春期の父と息子ってこんなものなのか。
男兄弟のいない私はよくわからなかったが、
義母からオットと義父の激しい衝突を聞かされてきたので、
この時期はどこもこんなものなのかもしれないと思っていた。

「家ではダラダラと寝ているか、テレビみて馬鹿笑いしているか、ネット三昧か、
とにかく勉強している姿をみたことがない。
勉強しない奴に高い学費出してやるのはばかばかしい。
慶應なんて辞めさせて、公立中学に転校させろ」

そんなこといったって。

「出してやってる」「食わせてやってる」のは自分で
私には「辞めさせろ」「転校させろ」「運動らせろ」「計画表作らせろ」

オレ様は「やってる」
本人には直接言わないでワタクシには「させろ」「させろ」「させろ」

ほんっと、いつものことだけど、この言い草。何だかなああ!!


と、思っていたら

ドアの向こうから怒号が轟いた。

うるせええええええええ!!!!


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第17回「吐き気」

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オットが太鼓にハマりだしてから変わったもの。

まず、クルマで聴くBGM。
ナントカカントカなる天才奏者だとか、
新進気鋭のナンタラカンタラとか・・・なんだそうだが。
天才奏者っていわれても・・・門外漢のワタクシにとっては単なるリズムの羅列。
運転手は常にワタクシなので、必然的に聴くはめになる。
悪くはないけど、四六時中聴いていたいというほどではない。
とはいえ、変えて欲しいとは口が裂けても言えないのでずっと聴いている。

次に、ネット通販でオットが頼んだ健康・体力作り系サプリメントが
毎月どかんと届くようになった。
太鼓の上達のため上腕の筋力をつけるためだとか。
毎日毎日、これだけの種類をきちんと飲むのは大変だ。
飲んだり飲み忘れたりを繰り返しているうちに「飲まなかった日」の割合が増えて行き、
次第に在庫が溜まりだし、そのうち棚がサプリだらけになり。
それでも容赦なく毎月送られてくる。
しばらく止めてみたらどうかと言ってみたけれど、
そのうち飲むからいいのだの一点張り。

そして、大きいのや中くらいのや小さいのや、
長いのや短いのや、じわじわと太鼓が増えてきた。
押し入れには収まらず、そもそも通気性云々があるから収納場所はそのうち考えると
リビングに置いたっきり、いつまでも「そのうち」は訪れなかった。


ワタクシがコストコでトイレットペーパーを大量に買ってきたり、
新しいフィギュアを買ったのがバレるとオットの逆鱗に触れるが
ワタクシは彼に対して「そのお宝の山をなんとかしてください」とは
口が裂けても言えないので黙っている。

それでも、お気楽な自由時間が増えたことが嬉しかった。
あれもこれも彼のポケットマネーで買っているのだし。
ワタクシの新たな負担はクルマでの送迎だけだ。

太鼓にのめり込むようになってから、確かにオットの体は締まってきた。
それは結構なことだが、困ったのは、健康オタク、筋肉オタクとなった彼が
ずっと忘れていたと思われるポッチャリ系のムスコの体重管理について突然、
蒸し返してきたことだ。

一年近くなにも言ってなかったのに
「毎日体重を量ってグラフを作り、その日食べたものを記録するよう命じていたが、
ちゃんとやってるか見せてみろ」

えええ?今頃そんなこと言われても。。。
「はあ?どうしてちゃんと言った通りにしないんだ?
お前らなんでそんなにいい加減なんだ」

本人が本気で痩せたいって思えばやるだろうし。。
思わなきゃいくらハハオヤがやいのやいの言った所でどうしょもないし。。。
食事作りを気をつけても、買い食いは手の打ちようがないし。。。
そもそもそんな自主管理出来る子なら始めから苦労はないわけで。。。

ってか、なんでいつもいつも本人には言わずワタシなわけ?
とは口が裂けても言えないので黙っている。

とにかくオレはあいつのぶよぶよした体、あいつが着ているデカイ服、
運動もせずダラダラとネットやったり寝そべってテレビみて馬鹿笑いしている姿を見ると
ムカムカして吐き気がする。
ムスメはおばあちゃん(オットの母)がきちんと躾けたから良いが、
あいつはお前が甘やかすからあんな出来損ないになった。
家でくつろげないのはお前のせいだ云々。

はいはいはいはい、ワタクシのせいでございます。
ほら、もう練習の時間ですわ♪
いってらっしゃい。



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第16回「まあ、いいや」

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優しいご主人でうらやましいわ。
理解があってよくできた奥様ね。
息子さんは慶應ボーイだし。


休日のほとんどを、趣味の活動で外出する夫に文句も言わないどころか、
車で送迎までする妻の鑑。

(家では王様だが、外面が良く他人には非常に気を使うため)
よく気が利いてサークル内の雑用をテキパキと片付けてくれる、
人当たりの良い紳士。

それが、サークルのおばちゃんたちの目に映る私と夫の姿だった。

まんざらでもない、なんてことはない。

むしろ、かなりかなり、まんざらである!!
だが、実際はそんなんちゃう!と反論したところで何が変わるわけでもない。

まあ、どんな申し分のなさそうな家庭も、内側から見たらこんなものかもしれないし。

だから、まんざらでもなさそうな顔をして、えへらえへらと笑っている。

朝夕の出勤・通学に加えて、太鼓サークルへの送迎でノルマは増えた。
そもそも、ただのリズムだけの音楽の何が面白いのかさっぱり分からない。
どういう活動をしているのか知らないし興味もない。

むしろ、なんというか、あの独特なテンションは、あまりなじめないと思った。
彼がそれにハマるというのは意外だったが、
好きなことをして楽しいなら良いことだ。
私に押し付けない限り全く問題ない。

なにより、休日に殆ど家にいなくなったのは喜ばしいことだった。
家事チェックが手薄になる。
ムスコに対する(必ずワタクシを経由しての)
クレームや指示も出ないので空気がこわばらない。

食事も全員そろって決まった時間に母親の手作りでなくても小腹が空いたら、
各自てきとーな時間にてきとーなものを、なんてこともできたりする。
まさに「元気で 留守が良い」を絵に描いたような生活。
文句のあろうはずがないではないか!!!

だから、送り迎えもニコニコ&ルンルン。
そして、ますます「よく出来た奥様」度が上がるのだった。

ムスコが中学生になって初めての正月。
オットはなんと!長野県の温泉で行われる新春イベント出演のため
泊まりがけで出かけてしまった。

一日中、酒の肴をつくり、座る間もない例年とちがい、
結婚以来十数年ぶりに味わう緩い、ゆる〜い元旦。
小腹がすいたらちょこちょこ食べ、
ネットしたり好きな音楽聴いたり。まるで天国だ。

そういえば中学受験生のいた昨年は鉄火場だったよなあ。。。

1月が終わり、2月1日。
試験期間中、在校生は休校だが、
中1のムスコは会場案内や面接グループの誘導などの手伝いで登校した。

なかなか楽しい体験だったらしく、
面接での手伝いの様子をよく話し、
褒美に貰った図書カードを大事そうに机にしまった。
一年前は向こう側にいたのだと思うと感慨深いものだ。

まあ、中学生になっても、あれやこれやと、
いろいろやらかしてくださいましたが、
この時点では「まあ、いいや」と思えた私なのだった。


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オットは子供のころから祭りのお囃子とか、太鼓が好きだったのだそうだ。

自分も演奏したいと漠然と思っていたけど、身近に環境が整っているわけでもなく
公民館のチラシを見るまで、自分でも叩けるなんて考えもしなかったと。

へえ、そうなんだ。意外だった。

ワタシは中学一年生のときに近所の映画館でみたビートルズの映画をきっかけに
ロックにハマり、家では70年代の音楽ばかり聴いていた。

途中でうるさがるオットに容赦なくブチ切られるのだが。

彼は時々ジャズやフュージョンを聴いていたけれど、
邦楽の類は生活の中になかったからだ。

結婚20年目にして初めて知る事実!

お教室のある水曜日は公民館の裏口に、お待たせしないようお教室が終わる直前、
22時45分までには到着して待機していないといけない。

塾帰りのムスコを22時に駅まで迎えにいき、
家に戻って食事を食べさせて公民館へ・・結構ギリギリ。

ムスコの帰宅が遅れたり、イレギュラーな出来事があったりするとアウトだ。
いちど5分ほど待たせて酷く怒られたこともある。

それでも、二人のいない22時までは、
ある意味開放感に浸れる至福のひとときでもあった。

22時50分過ぎに、オットがお仲間たちと裏口から出てくる。
楽器を搬出しトラックに載せ終わると解散。

高校生ぐらいの子から年配の方まで幅広い年齢層で、女性も意外と多い。

でも同じ趣味の仲間だからか、みなとても仲が良い。
オットも、その中にとけ込んでとても楽しそうに歓談している。それも意外。

仕事以外で他人と関わるのはあまり好きではなかったし、
壁をつくるタイプだと思っていた。

お仲間が出てくると、ワタクシも車から降りて挨拶するよう命じられる。

おばちゃんたちから
「いつもご主人にはお世話になっています。いろいろ中心となって動いてくれるので皆助かっています。優しいし気が利くし、本当に良いダンナ様でうらやましいわ~」
なんて言われて・・・・なんと応えたものやら。

この頃から、朝クルマで出勤するときのBGMが和太鼓のCDになった。
メロディーがない、リズムだけの音を延々と聴くのも・・・好きな人にはたまらんのだろうが・・・まあしかたない。



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ある昼下がり、シェ松尾でのランチを終えたマダムたち。
ご子息のロンバケ謳歌っぷりに危機感を抱き、食後のお散歩がてら渋谷の桜丘へ、
ご近所で評判の英語塾の門を叩き「夏期講習」を申し込もうとしたという。

しかし学校名を聞いた担当者に「附属の生徒さんが加わると、他の生徒さんのモチベーションも下がってしまいますから・・・」と、やんわり(きっぱりか)断られてしまう。
 
なんと、そこは東大合格率80%の実績を誇る「H岡英語塾」。
開成や櫻蔭など超難関中高一貫校の生徒さんが集う東大虎の穴だった。
 
まあそんな笑い話はさておき。
 
一学期に出さなかったレポートを2学期になって人が変わったように
サクサク出すようなムスコでは当然なく、労作展も終わり、
授業がだんだん通常モードになるにしたがって机のお山もじわじわと標高を上げていった。
 
そのことで何か口を挟もうとすると、ムスコはむっとする。オットは飛んでくる。
 
でも、学期末に呼び出されるのはワタクシ。
 
中間試験後の保護者会。
いつもはスルーする校門の前のDMなのだが。
おねいさんの絶妙なタイミングでつい受け取ってしまった。

もう、こんなものもらっちゃって。

しかしゴミ箱に入れた瞬間、「フィールドノート」という文字が飛び込んできた。
慌てて取り出す。
 
それは学芸大学駅前にある、義塾内部生だけを対象とする補習塾Pだった。
 
中間テスト、期末テストの対策
授業完全準拠。定期試験前には試験範囲の復習と過去問演習。
極めつけは理科レポート対策指導
そして、フィールドノートスケッチ会
新宿御苑、自然教育園、小石川植物園などに赴き、植物の観察とスケッチの指導...。
 
 というわけでムスコの週1回の鷹番通いが始まった。
 
宿題を片付けるために塾に通うというのもアホらしい話ではあるが
お山で遭難するわけにはいかないのだ。
 
夕方、日吉から学芸大学にやってきた学ランの高校生、
中学生がわらわらとP塾のビルに吸い込まれていく。
なんとなく不思議な光景ではある。
 
深夜帰宅したオットに、塾に通うことと、
ついでに結局お山を築いただけのZ会をやめることにしたことをサクッと報告した
神聖なるZ会の退会にはすこしムッとした様子だったが、さほどの反応はなかった。

塾の曜日と帰宅時間を告げると
 
「その曜日は公民館でやってる太鼓教室に通うことにした。
だから、教室の終わり時間に必ず車で裏門で待機しているように」

ええ? その時間だと塾の帰りとかぶるけど・・・。

えっと、ムスコを駅に迎えに行って家まで乗せて
帰ってすぐ飛ばせばギリギリ間に合う感じかな・・・。
 
「終わり時間に必ず間に合うように(待たせたら承知しないからな)」
 
運転手人生に新たなノルマが加わった瞬間だった。

(※鷹番=目黒区中央部に位置する地名)


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第13回「固まるオット」

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伝統の大イベントであり最大の「ハレ」の場であるので、
労作展には受験希望者だけでなく在校生保護者、関係者も多数訪れる。

各教室くまなく回る見学者と違って、だいたいは自分の子ども周辺のをサラッと見て、
あとはひたすら廊下でダベったりお茶飲みに行ったり。

入学式と同様、唐突に、突然、当然のようにオットがついてきた。

受験生時代は行こうともしなかったのにだ。

ワタシに金魚の糞のようにひっついて
ムスコの教室だけ見て混んだ部屋を素通りしようとすると
「ちゃんと順路を守れ」と訳の分からないことをいう。

「あらカノンのママ~!こんにちは~♪」

「こんにちは♪マツケンのすんごく良かったよおお!」

「カノンちゃん、この前はムスコがお世話になっちゃって・・・」

同級生のお母さんたちと盛り上がってる間、所在なげに背後で突っ立っている。


「今の人たちは同級生の親か。すごい金持ちそうだったけど」

「右にいたのがAくんのお母さんで、お父さんは映画監督、となりのBさんはオペラ歌手で、CくんはC食品の創業者一族で、DくんのおじいさんはE内閣で大臣やってたDで、
Mくんのお父さんは御三家のMの何代目かでお母さんも旧皇族の何とか宮家の・・・」

「おまえ、よくそんな人たちにタメ口叩くよな・・・」

「同級生や部活で一緒の子たちのお母さんだよ?
クラスメートの母と子どものこと話すのにひれ伏してろっての?
夏休みにAくんとMくんが家に遊びにきて、
映画撮ってるAくんは素材集めで貴の部屋撮影したんだって。だからそのことを」

「えええ! うちのマンションに!? 
なんてみっともない恥知らずな真似をするんだお前は!!」

「相談なく子供たちで勝手に決めて知らない間に来たのよ。
ワタシも昼間は仕事に行ってるし。来るのがわかっていれば掃除ぐらいはしたけど」

「掃除の問題じゃない! あんな古くて汚くて狭いマンションに、よく恥ずかしげもなく、と言っているんだオレは!!!」

ワタシの父がくれたマンション。古くて狭くて汚くて悪かったな!!
たしかに古くて狭くて汚いけど。

それにしても
オットは権威に弱い。自分より格下と認定した人には強気だが、
自分より格上と思う人や社会的地位のある人には信じられないほど卑屈だ。

同じ学校、同じ空間で同じ時を過ごすムスコが、
ともにすくすくと育つ、実り多い学園生活であって欲しいという、
その部分だけで対等につながっている。
なんでそう思えないのだろう。

たまたまそこでタムロってた人たちが「濃い」集団だったという不幸も重なり、
以後オットはすれ違う人が皆セレブに見えてしまったようで、すっかり目が泳いでる。

「あ、いますれ違ったのはヴィトンの」
「野球監督の」
「俳優の」

固まる
固まる
固まる

へへへ、ざまあみろ。


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「出しゃあいいのよ、出しゃあ!! 
そりゃ出さなきゃ絶対ヤバイけど、気合入れて賞取ったところで、
持ち点上乗せしてくれわけじゃないし!」

ミセスイトウが言う。

労作展における展示品のクオリティと本人の出来の良さは比例する。
それは間違いない。
ため息が出るような、誰もが賞賛する素晴らしい作品を手がけたお子さんは
学業優秀で人物的にも立派である。

一方、日々の快楽に流され、提出物も期限内にキッチリ出さない男たちが、
労作展だけは人が変わったように立派な作品を作る・・・わけがない。
わけがない。わ~け~が~ない。

「あいつが勉強したり何か取り組んでいるところを見たことがないけど、
ちゃんとやってるんだろうな?」

「昼はワタシも居ないから・・・。でもやってると思うよ(気配感じないけど)」

オットはムスコのことはすべてワタシ通しにする。
ムスメには直接自分の意志を伝えるのに、
ムスコのことはワタシに干渉するなと言いながら
一方で必ずワタシを伝書鳩にするのだ。

とはいえ、そろそろ微妙な年頃にさしかかったムスコに
「ちゃんとやってるの?」と声かけしたところで「やってるよ」だし
さらに踏み込んであれこれ聞くと「ちっ(舌打ち)」だし。

レポートや小説などの「紙モノ」の提出日は夏休み明けすぐだが、
かさばる工作モノは保管スペースの関係から
展示日の2日くらい前の休日に「作品搬入日」が設定される。

この日に軽井沢の別荘にしつらえた「東急ハンズかぃ!!」な工房から「ペンマーク入り甲冑を着た実物大の武士像」やら、
「時間ごとに12種の「義塾ソング」が流れる柱時計」やらの超大作が
通用口に横付けされたトラックから次々と運ばれるのである。

つまり、展示日の2日前が究極の締め切りとも言える。

9月中盤、なんとかかんとか、鈍い音とともに
ぐったりと寝返りを打つ泥人形ができあがった。

そりゃあ動くには動くけど、ただ「動く」だけじゃん?
音は出るけど、ただ「出る」だけじゃん?
たしかにロポットではあるけど、
なんつうか「入魂」な感じがしないというか・・・てか怖いし。

「ウケ狙いならBGMも考えないと。ここのプログラミングをさ・・・」

「ここをこう変えて、もうすこしコミカルな動きに・・・」

「もっとフィギュアの作りをさ、より人間っぽく・・・こうじゃん?こうじゃん?」

ムスコのクラスの展示室。
銀色のリボンがついた「受賞作」は壁一面使った慶早戦の壁画だったが
「ダッシュKEIO」にあわせて踊る応援団ロボットに小学生が群がっていた。

うふ。なんか、すっごいうれしい。

「カノンの作品すごい人気です!お客さんが必ず立ち止まって見てくれてます」

案内係のクラスメートがワタクシに声をかけた。

「そーでしょ、そーでしょ♪ やっぱり賞狙いばかりじゃイカンのよ。
実際に来るのは小学生男子じゃん?
ワタシ的にはそいつら楽しませてナンボよ。マーケティングって大事よ」

「???」

あ・・・いやいやいや。


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林間学校が終わると夏休み、というか水泳学校である。

任意参加とはいえ、ほとんどの生徒が参加する水泳学校は
「国際舞台で活躍する人材になるために、渡航中の災害にも生き延びれるよう泳げるようにしておかねばならない」という、
万延元年@咸臨丸の教え「塾生皆泳」が今も生きる「伝統の」行事である。

事前に一日がけのガイダンスが行われ、水泳学校手帳、海のしおりといった冊子、あまりの面妖さに、ここ以外では絶対に使えない三色旗柄の水泳帽子を渡される。

気合いの入れ方が半端ではない。

千葉県館山市の見物海岸で数日間、多くの有志OBが指導員として参加し、
泳ぎの講習だけでなく、魚介類・海草の見分け方、潮の満ち干きなど、
本格的な海洋実習を行う。

とにかく朝起きて民宿を出たら日が暮れるまで仲間と海でがっつりすごし、
夜は民宿でレクリエーション。楽しくないわけはない。

真っ黒になって帰ってきたムスコは、
指導員のお兄さんに教わった変わった飛び込み方、素潜りでタコを捕まえたこと、
夜民宿で聞いた先生の爆笑ネタなどをゲラゲラ笑いながら話していた。

「貴君は千葉県西岬海岸で行われた3000メートル遠泳に参加し完泳したことを証明します 」
という文言の「遠泳完泳証」を頂いた。

遠泳に参加すれば必ずもらえるものとはいえ、中学に入って初めて何かを達成した証ではある。

やはり褒められるとうれしいものだ。

ムスコは通塾の都合で退会する5年生までは近所のスイミングスクールに通っていた。
そのため、ある程度泳げたのだが、海での3000メートルは結構きつかったろう。

飲んで夜遅く帰ってきたオットに見せた

ちらっと見た後「体重管理はどうなってる」と言って、去っていった。

いや...そりゃあまあ、相変わらずデブですが。


ところで、夏休みが明けたらいよいよ最大の行事・労作展である。
途中で気が変わったり、構想が壮大過ぎて企画倒れになる場合もあるが、
よほどの事情がないと予定の変更は原則として認められない。

ムスコの計画は「音楽に合わせて踊るロポット」であった。
題目はパンフレットの印刷の関係で6月締め切り、当然提出済みである。

楽しい水泳学校が終わり、つぎは柔道部と演劇部の合宿二本立て、
帰ってきたら自然学校(キャンプ)と、怒濤のイベントが続く。
こんなに行事の多い学校は他にないのではないだろうか。

キャンプからもどった時は既に8月も終盤。

まだロボットの「ロ」の字にも取り掛かっていなかった。


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第10回「はいはい」

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いつごろからだろう。おそらく本格的に受験体制に突入した5年生後半くらいからか、オットは私が長時間ムスコの勉強に付き合ったり、クルマで送迎えしたりなど「過度の干渉」をし、自分の用事が後回しになったり、キャンセルされることに対して不快の念を顕わにするようになった。

そもそも私学受験は、ゆとり教育のカリキュラムと日の丸・君が代で揉める公立教師どもに子どもの教育を任せられない、という「彼の方針」であった。

にもかかわらず、彼は塾の費用や入学後の学費などの出費は惜しまなかったが、勉強を見てやるとか進路について助言をする等もなく、すべて私に丸投げで一切関わろうとしなかった。

私を信頼しているというより「自分の正しい方針」に家族が従ったことに満足し、ムスコのことは全く興味がないようだった。

受験勉強が佳境になるにつれ、アルジよりムスコの用事が最優先となり、シモベがアルジをないがしろにしてお受験に奔走する事態となった。オットにしてみれば不愉快極まりないことだが、コレばかりは「正しい方針」の決着がつくまで我慢するしかなかったのである。

なので、受験が終了した時点で即座に加わった新ルールが「中学に入ったら過干渉をするな。勉強はいっさい見るな」であった。
 
 「ムスコの勉強に口を出さない」というルールに従っているかどうか、であって、その結果ムスコがどうなっているかは二の次だった。
 
提出系は理科のレポートとフィールドノートのほかに国語のアンソロジー(自分が感動した詩や小説の一節を抜粋してまとめたもの)もあるが、ムスコはこれは大好きでノルマ以上にサクサク書き溜めていた。

だが、あまり得意でない生物化学分野で、レポートの手法もまだよく理解していないムスコにとって理科のレポートは相当荷が重かったようだ。

「中和反応とモル濃度」「ワインの蒸留とエタノール、水の分離」など、内容もかなり専門性が高く、つい数ヶ月前まで小学生だった男の子が独力でスラスラ書けるものでもない。

だがオットの在宅時に勉強を付き合ったり助言したりはできない。
返そうともがいているうちに次の借金の返済期限が来て、首が回らない男は気力を失い、借金は雪だるま式に膨らんでいる。

結果、オットが習い事で留守の時などを利用し、一学期は、私がかなり関わってしまった。
大きく期限を過ぎたため、当然良い点はもらえなかったが、とにかく「点」をつけてもらい、なんとか夏休み前の保護者会を迎えることができた。

この学校、とにかく、気が遠くなるほど夏休みが長い。7月初旬の期末試験が終わると3泊4日の伝統の林間学校、その後は夏休み期間で、伝統の水泳学校、部活合宿、伝統の自然教室(キャンプ)、9月中旬にやっと二学期が始まるが、翌週が伝統の労作展、つまり、7月~9月の3ヶ月間はほとんど教室で授業を受ける環境にない。

10月に入ってやっと授業っぽい感じに・・・と思いきや、伝統の運動会に目路はるか教室に中等部とSFCの文化祭。もう次から次へとこれでもかというぐらい楽しい楽しいイベントの嵐である。だから、イベントをこなしながらも勉強はきっちり自主管理しないと、一年間、ただひたすら楽しく遊び暮らすだけで終わってしまう。
 
自主管理。大事である。

中学に入って親がかりは良くない。オットの言うことはすべて正しい。なのに、何だろう、このざわざわとした違和感は。当時は不思議でならなかった。


教室に担任が入ってきた。

カノグチさん
トドロキさん
ヒグチさん

三人の保護者が呼ばれ、厳封された学校名入りの封筒を渡された

え! うそ!! またも逆指名!!!
しかも他の二人は前回と違うメンツなのに
ウチだけ今回も・・・

(それにしても、トドロキ君はヤマモト君とつるんでネット上で友人の悪口を書き込んだりして、ちょっと困ったちゃんだけど
ヒグチ君は品行方正で成績も良いのに?)


恐る恐る、開封してみた

『叶口 貴君 保護者殿

「肥満について」

4月の定期健康診断で肥満傾向と判定しました。肥満は、心筋梗塞・高血圧・高脂血症などの生活習慣病の危険因子です云々・・・』

この書類一式を持って、指定された日に慶應義塾大学病院小児科に来るように、という校医からの召集令状であった。

確かに、三人とも・・恰幅が良い
ぽっちゃり系だ
デブとも言う

うちのお坊ちゃまは、もともと運動が苦手でインドア系だったところに、食べるのが唯一の楽しみな受験生生活でかなり貫禄がついてしまっていた。

これもよせば良いのにというか懲りずにというか、成績について特に言われなかったという報告の際、口が滑ってオットに言ってしまった。

 「本当にみっともないやつだ」

オットは吐き捨てるように言った。
それは彼に言わせれば本人の自堕落とワタクシの管理不行き届きのせいである。

はいはい。

ヘルシーな料理作っても、本人に「痩せたい」というモチベーションがなければスルーされるだけで、結局買い食いして如何ともできないんだけど。

同じように生活しているムスメが標準体型なのは祖母(オットの母)の指導の賜物なのだそうだ。そして、ムスコと一緒にキャッチボールをしたり散歩に行ったりとかは、多忙なチチオヤの義務ではないのであった。

はいはい。

毎日体重を計り、グラフを作らせろ。何を食べたか記録させろ。

らせろ、らせろ、らせろ。

はいはい。

あなたは本人と直接話さないものね。

指示した結果は興味ないから検証しないもんね。

はいはい。


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ムスコの机の上に、未完成のレポート、らくがき帳状態のフィールドノートが山のように積んであった。
ダンナ様にお伝えした。

「何故ヤツは出さないんだ!」

「貴(=ムスコ)は『オレは出したけど、突っ返された。受け取らないんだからしょうがない』って言うのよ。

見ると、一番肝心の『考察』を書いてないか、すごく短いのよね。文章書くの苦手なのはわかるけど・・・。

アドバイスしても、なんかもう耳塞いでる感じがアリアリで。フィールドノートも、ただそのへんに生えてる雑草でもなんでも描けばいいんだけど、図鑑で科目を調べたり文章を添えたりするのが面倒だと」

「本当にダメなやつだ。ろくなもんにならんな!」

「論文の書き方をアドバイスしたり、スケッチにつきあったりしてくれるとありがたいんだけど」

「どうして(俺様が)?そんなのは自分でやるでしょ? 中学生にもなって・・・。

お前、手伝うつもりか? 代わりにやろうとしてるだろ。

そんなことしたらどうなるかわかってんだろうな」

「いや・・・しません、しませんとも(でも・・・このまま出さないで成績がつかなかったら・・・)」

「それよりも、中学入ってからヤツが勉強しているのを見たことがない。自分で計画的にできないならZ会でもやらせろ」

「は? Z会って・・・いや、Z会が悪いといっているんじゃなくてね、確かに貴方はろくに進学塾もない田舎の公立からそういう教材で独学して大学受験なさったんだけど、

貴の学校は大学附属で、カリキュラムも相当変わっているし、あまり効果的ではないような・・・」

「附属だから一般的な勉強は必要ないというのか。学校でやらないからこそ補強すべきだろう。

お前はバカか?」

「おっしゃる通りでございます。貴方は正しい。

でも、今は緊急事態で、とにかくレポートを書かせなくては」

(川で溺れてあっぷあっぷしてる人に浮き輪ではなく、溺れない体力づくりが必要だってダンベル投げるようなものではないか。ただ、これを言うと大変なことになる)

「レポートやるために、それ以外は何も、一日数十分の勉強すらできないというのか」

もうこうなるとどうしようもない。自分の経験則がすべての尺度で、その尺度は世界標準と決まっている。

彼の経験していない世界での手法や違った尺度での提案は彼を全否定することになり、逆らいとみなされる。

そうなると面倒であることはワタクシも子どもたちも学習している。仰せに従い、中高一貫校向けの主要科目の教材を申し込んだ。

それにしても「どうやって提出物を出させるか」という相談の答えが「Z会やらせろ」である。

言わなきゃ良かった。

ところで
絶対的義務の、出さないと命にかかわる提出物をださない男が

出したところでいい事がある訳でもない、出さなくても怒られもしない通信教育を仕上げ、

自ら封筒に住所・氏名・会員番号を記入し、封をして郵便箱に投函するだろうか。


というわけで、机の上にもう一つ、山ができたのでございます。


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保護者会は通常、定期テスト後の土曜の午後開催される。



土曜の昼下がり、日吉の普通部通りをコンサバな黒スーツにエナメルのバッグを持った約700人のママたちがゾロゾロと歩いている光景はかなりシュールだ。

 

まず、体育館に全員集まり、社中テイスト溢れる部長講話の後、主事から諸注意事項の伝達を聞く。


「一学期の終わりに、ご子息が初めての成績表をもらってくるでしょうが、尖ったの(A評価)が並んでいないからと言ってどうか御心配なさらぬよう。丸いの(B評価)がたくさん並んでいても良いのです。本校は優劣をつくるための評価はいたしません。スパルタ塾に入れるだの家庭教師をつけるだの、そのようなことはなさらず、どうか、わが義塾の一貫教育をご信頼いただき、長い目で見守ってくださいますよう云々・・・」

 

成績は「優」に相当するA、「良」のB、「可」のC、「不可」のDでつけられ、それぞれ10点、8点、6点、4点に換算される。

絶対評価で、主要教科でAを取るのはかなり大変だが、普通に課題をこなしていればBか少なくともCはつく。


成績順位は、内部資料としてはあるだろうが通常は開示されることはない。


学年末の評価平均が6以上なら無問題、尻を叩かれることもなく、むしろ授業以外でも様々な分野に興味を持ち幅広く知識を吸収するよう推奨される。定期テストごとにクラス順位、学年順位、学内偏差値が通知される類の進学校とは別世界だ。

 

「おほほ」主事様の熱弁に、辺りから和やかな笑いが起こる。

ワタクシもお隣のお母様と顔を見合わせ「おほほ」る。

 

ええ、ええ。もうぜ~んぜん、心配しておりませんとも!

 

全体会の後はクラス保護者会。各教室で担任のMCで行われる。

各教室の入り口に出欠表が置いてあり、ムスコの氏名の欄にチェックを入れる。

クラス会のあと、担任と面談を希望する人はさらに◯印をつける。

 

結構みんな◯印つけてるな・・・一人5分としても先生大変だろうに。お手間をかけるのは悪いからワタクシは申し込まないもんね!

 

担任がやってきた。

教室に入る直前、呼び止められ

「カノグチさん。ちょっとお話したいことがございますので、希望者の面談終了後少しお時間いただけますか?」

 

なんと、逆指名である。

 

貴(息子)は、再三の督促にもかかわらずレポートを出しません。フィールドノートも未提出。このままでは理科の評価はDしかつけてもらえません。僕も頑張って口添えしますから、速やかに提出するよう徹底指導をお願いします。

 

毎週2本の提出が義務の理科実験レポート、定期的に提出しなくてはいけないフィールドノートをまったく出していないという。


あの、超人気男性アイドルグループASさんもハードスケジュールの合間を縫って楽屋で必死に仕上げていたというではないか。


それなのに、それなのに、うちのオボッちゃまときたら・・・。

 

学年末の評価平均がC未満もしくはひとつでもD評価があるとブラックリスト入りとなり進級会議にかけられる。


今から尻ひっぱたいて出させ、期限を相当経過したものを拝み倒して受理してもらったとしても良い評価は期待できないだろう。


Dがつくと、その分それをカバーして平均Cにするためには他の教科でAやBを多く取らねばならないが、そもそもABをサクサク取れるようなヤツなら絶対ノルマのレポートを踏み倒すわけはない。

 

サラ金地獄のギャンブラーを身内にもつ者の絶望感って、こんな感じだろうか。

 

教室を出てふらふらと歩いていると、同じく逆指名を受け居残っていたヤマモトさんイトウさんに会った。


ヤマモトくんは成績は優秀だが尖った性格で時々周囲と揉めることがある。

イトウくんは幼稚舎からの内進組、穏やかなナイスガイだが勉強はちょっと苦手である。

 

うちは・・・・おバカで問題児だった。

 

3人でとぼとぼと駅に向かって歩き始めた。

ふと、ふと横を見ると

某大物歌手が!


小学校から一緒だったイトウさんは別に気にする様子もないが、ワタシとヤマモトさんは至近距離で見る生有名人に思わず興奮。しきりに目配せする。

(ヒソヒソ)やっぱりアレっすかね・・・。私たちみたいに・・・。

(ヒソヒソ)素行?成績?

 

実は、他人のことどころではないワタクシたちなのだった。

この後、3人で情報交換と傷のなめ合い、もとい、第三部保護者会が※ひようらの某居酒屋で行われたのは言うまでもない。

 

※「ひようら」・・・日吉駅路地裏の飲み屋街・KOの学生用語である。


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初めての中間テストが翌週に行われる土曜の放課後、ムスコは数人のクラスメートと共に神尾君の家に行った。

中学に入ったら勉強は計画も含めてすべて自己管理とし、ワタクシは一切口を挟むな、というのがオットの口癖であった。

自分は親に勉強しろと言われたことも進捗状況を聞かれたことも一度も無い、とも言っていた。

彼の前で試験の予定や勉強の話しをすると睨まれるから黙っている。

もとより教育方針に賛同して入学した学校と本人の自主自尊に干渉するつもりはないわけだが、
とにかくワタシがムスコを駅まで送迎したり、
学校での様子を聞いたりすることすら気に入らない様子だった。

その一方で、自分はZ会をやって効果があったからムスコにもやらせろとか、
定期テストのための問題集を買って与えろとか言ったリする。

自分が見たり経験したりしたことしか信用できない。
自分を中心に家族が動かないと気が済まない。

たぶんそういう人なんだと思う。

普通部は大学附属校なので基本的に他の中高一貫校のようなカリキュラムの先取り進行はないが、
授業の内容はかなりマニアックで、大学の講義のように担当教員の裁量というかキャラに任されている部分が多いように感じる。

例えば地理の◯◯先生は、授業の大半を中国の歴史をベースにした「雑談(本当は大事な事柄なはずなんだけど、中坊的には)」に費やし、それで一年が終わったりする。

テストはその「雑談」の中から出る。そういう先生にとっては自分が伝えたかった内容をどれだけ聴いたかが評価の基準であり、成績順位づけとかカリキュラムの習熟度とかはあまり念頭にない。

つまり、

市販の定期テスト対策教材はまったく役に立たない。
同じ教科でも、違う先生のものでは意味がない
試験問題は毎回ほとんど同じ。

つまり「◯◯さん(内部では先生は福澤先生ただ一人なので、教員は基本的に「さん」づけで呼ぶ)」の過去問こそが必要なのだ。

そして、幼稚舎からの人脈を駆使し、兄や先輩たちから譲り受けた教員ごとの過去問を各種取り揃えていて、高速大型コピー機が2台ある神尾君の家は、対策本部としてはこの上ないのだった。

大型コピー機がある神尾君の家は、印刷屋さんではなかった。

そんなわけで、神尾くんの家に言ったムスコであったが、
トイレに行きたくなり、行きは連れてってもらったが用を足した後、
道に迷ってしまった(家の中で)らしい。

困ってしばらく彷徨っていたら、お手伝いさんに助けられことなきを得たというのだ。

メイド服着た本物のお手伝いさんを生まれて初めて見た、
と帰ってきてから、ムスコは興奮した様子で話してくれた。

そりゃあすごい! 本物かあああ!! やっぱ萌え?!

「白髪のおばあさんだぜ。暗い細い通路に、すっと立ってて、足下がみえないの。生きて帰れないんじゃないかと思った」

あまりに日常とかけ離れたクラスメートがいる。それもまた普通部という環境なのであった。


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第6回「伝統ある慣習」

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ムスコの学校は年間を通して多くの行事があり、そのどれにもたいてい「伝統ある」の冠がつく。

その第一弾ともいうべき「伝統ある遠足」が5月に入ってすぐあった。
明治29年発足「慶應義塾生徒隊」の日帰り演習が起源だそうだ。そうはいっても普通の遠足である。

持って帰ってきたプリントの、ペットボトル不可、携帯電話不可はまあ予想どおりだったが、「Tシャツ不可。襟のあるシャツ着用のこと」という項目にスタイリッシュであり続けることへの心意気を感じた。

慌てて洋服屋に走ったのはいうまでもない。

朝7時、大学側銀杏並木集合に間に合うよう、早起きして弁当を作り水筒を持たせた。遅刻したら決して待ったりせず容赦なく置いていく、というところも独立自尊な感じだ。

行き先は三浦半島。なんだうちの近くじゃん。まあ確かに世間一般的には遠足エリアだもんな。

現地ではいくつかの班に別れてフィールドワークをしたらしい。

フィールドワークといえばフィールドノート。あれには本当に泣かされた。理科の野外スケッチ手帳で、定期的に提出が義務づけられているものだが、そこはワタクシのムスコ。書きゃあしない。提出物が遅れたり、未提出だったりすると。。。おっと、その辺は追々。

午後6時。一日歩き回り真っ黒に日焼けしたムスコが帰ってきた。バスの中でのことや、先生の爆笑話、友達から「カノン」と呼ばれるようになったことなどを、げらげら笑いながら話していた。

普通部では、クラスメート同士であだ名をつけ合うのが昔からの「伝統」のようだ。

名付けのソースは本名のアレンジだったり風貌や特徴だったりと様々だが、だいたいこの時期に全員のあだ名が決まり「すーさん」とか「ポンタ」とか、大学に上がってもじいさんになってもその名で呼び合うのだ。

傍で見てるとちょっと引くが、これも、誰に強制された訳でもないのに脈々と続く「伝統」のようだ。

とにかく、時々何事か思い出しては爆笑するぐらい、毎日が楽しくて仕方ない様子だった。


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第5回「普通な生活」

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ムスコが私立中学生になって、ワタクシの生活は少し変わった。

まず、朝の起床時間が30分早く、5時30分になった。

普通部は9時始業、他の学校に比べて遅いほうだ。
始業8時20分の塾高生2千数百人と時間帯をずらし、日吉駅が大パニックになることを避けているのだろう。

それでも、横浜の自宅からは電車を二本乗り継がなくてはならず、ある程度余裕を持って通学するには最寄り駅に7時20分頃つかなければならない。

そして、自宅は高台の交通の不便な場所にあり(要するに田舎)、
駅までの道路事情が悪くバスはあてにならない。
帰りはともかく、行きは自家用車での送りが必須となる。

ここに住むようになってからずっと,ワタクシはオットのお抱え運転手である。
駅までの送迎は一日も欠かしたことがない。

ワタクシは送ってもらったことも迎えにきてもらったこともない。

洗濯機を回し、オットとムスコ、自分の弁当を作りながら、
6時から30分間、断続的にムスコを起こしつづける。
その音で目が覚めるムスメに朝食を食べさせる。
家事の中でも特に食事づくりに関してはオットのマイルールがいくつかあり、逸脱は許されない。

たとえば弁当に関しては
その日の朝手作り(作りおき不可)
保存料着色料不使用、国内産、有機野菜など、厳選素材使用推奨
米は有機発芽玄米
おかずは栄養バランスを考えた手作りで5品目以上(ごはんとカレーとか、牛丼のっけたりとか不可、買った惣菜、冷食、レトルト厳禁)
紀州産梅干(自家漬け)を必ず入れる、などである。

一度、隙間埋めに買った惣菜を使ったら巧妙にごまかしたつもりがバレ、ひどい目にあった。
以後、煩いのでそのとおりにしている。

ムスコの学校も入学当時はまだ食堂ができていなかったので、母の手作り弁当がデフォルトであった。それと、お茶はまかないで出るのでマグカップを毎日洗って持たせる。

質素端正を旨とする校風ゆえか、いくらセレブでも輪島塗の弁当箱とか神楽坂の割烹ケータリングとか、そういう豪快な人はいそうでいなかった。

7時にムスコを駅まで送り、7時20分に家に戻る。ムスメは身支度を済ませ、子供番組を見ている。
朝食後片付け、洗濯干し、自分の身支度。

7時50分、オット起床、身支度。家を出るまでの15分間を自分のためだけに使う。

8時5分、クルマでオットを駅まで送る。8時12分の電車に飛び乗れるよう裏道を駆使して爆走。
もう少し余裕をもって起きてくれたら・・と思うが、乗り遅れたらワタクシの運転技術のせいであり、失敗は許されない。オットを見送ってようやく朝の任務終了、駅前に借りている駐車場に車を停め、出勤する。

7時と8時5分、駅まで二往復。
例えば7時15分頃に合わせてもらえばなんとか一回で済むのだけれど
オットの論理では、好きこのんでムスコを遠い学校に通わせているのはワタクシだから、
それに付随する負荷は自分が追うべきで、オレ様がサポートするなんてありえない。
それどころかオレ様へのサービスの低下なんてあってはならぬ、
タイヘンなら奴をバスで行かせればよい・・・であるから言うだけ無駄である。

んんん。タイヘンといえばタイヘンだ。

でもねぇ、そうなると今まで家の目の前の小学校に歩いて通っていた子が、2時間かけてバスと電車乗り継いで毎日通うわけだよ。少しでもサポートしてあげたいと思うのが母心ではないか。

それにさ「ブランド校の制服を着た息子を朝クルマで送る母」をしてみたかったんだよ、実は!!


もうひとつ、負荷がかかった家事はアイロンがけだ。
今までのノルマ5枚に、ムスコの月〜土曜日の通学用6枚プラス理科(実験)の授業で着用が義務付けられているブルーの実験服が加わった。

オットルールではワイシャツは白の綿100%が絶対、色柄もの、化繊混、形状記憶何たらはもっての外。「のりなし」で、シワひとつない状態に仕上げなければならない。

クリーニングに出すなんて「手抜き」は許されない。

今まで週一回、週末に行っていたアイロンがけは水・日の週2日になった。

だがこれも、我が子にブランド校制服を着せたかった母の嬉しい悲鳴のようなものだ。

そういえば、制服から体操着、実験服、調理実習で着るシェフズコート、学習帳、レポート用紙、消しゴムエンピツに至るまで、これでもかというほどエンブレム入り指定品だらけのムスコの学校も、なぜかワイシャツだけはどこの製品でもよかったりする。オットのマイルールアイロンに比べれば楽なものだ。

ワタクシがアイロンをかけた白いシャツ、普通部カラー(一般に比べ襟が細い)の学ランに身を包み、教科書でパンパンに膨れたペンマーク入り指定カバンを背負ったムスコが改札に吸い込まれるのを運転席からうっとり眺める。

ワタクシにとってみれば、それで報われる程度のタイヘンさであった。


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清貧なる懇親会 追記

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懇親会3000円ランチについて意外にも『高い』という反響が多かったので、
付属校に子供を通わせる親の経済感覚についてワタクシの感じたことを書いてみたいと思う。

もちろん、ワタクシのつたない見聞や直感だけを根拠に書いているので
決して一般化するべきではないが、
少なくとも「このあたりがデフォルトだとワタクシが感じた」ことは否定できない。

とりあえずワタクシはリッチでもセレブでもないが
自分の幸せのため、自分を甘やかすためのコストは惜しまないタイプなので(浪費家とも言う)、
心置きない友人と楽しく過ごせ、料理の質やサービスがその金額に値するクオリティなら
年に数回のランチ代として3000円は決して高いとは思わない。
逆に、つまらない義理でする中途半端な食事なら数百円でも無駄に感じる。

美味の記憶が脳裏に焼き付いて一生記憶に残るような強烈な体験ができれば
30,000円でもモトが取れるというものだ。
上限が30,000円というところが立ち位置として微妙であるが。

上限で思い出した。
ある時のランチで、誰かが70万の雑貨を衝動買いしオットに事後報告したら驚かれた、
という話をした。
そこでワタクシは隣の人に、
配偶者に相談せず自分の裁量だけで決済できる上限はいくらぐらいであるか聞いてみた。

彼女はしばし考え「100万。。。。かなあ」と言った
「そうね、それぐらい」「それ以上だったら、一応聞くかな」が大多数の意見だった。

とりあえずワタクシはリッチでもセレブでもないが
お買い物は自分の裁量だけで決めてしまうタイプなので(独断家とも言う)、
同様にそのあたりが落としどころだと思った。
だからってポンポン100万単位で買い物するわけでも、できるわけでもない。

もし、人は人、と割り切れず、そういう感覚を持つ人との交流にストレスを感じるなら、
無理に付き合う必要はない。
任意の懇親会は行かなくても全然問題ない。
実際、仕事や家庭の事情でまったく出席しない人もいる。
もちろん子供同士の付き合いにもまったく支障はない。






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保護者の親睦と情報交換を目的とするクラス懇親会。慶応普通部では、それはおおむね年3~4回くらい、5~6人が持ち回りで幹事をする非公式行事で、子どもたちが学校に行っている平日の昼間行われる。

私学ならどこの学校でもあるであろう懇親会も、そこは「求心力の変わらないただ一つの三色旗」ダイソン様、もとい諭吉様である。

今は中1だけ少人数クラスで2年生に上がる時点で組替えがあるが、ムスコの時代は3年間組替えがなかった(ちなみに幼稚舎は6年間固定。よって9年間同じ組というケースも)。

そのため、子のみならず親の結束は固く、子どもが中学を卒業して、たとえ別の系列の高校に進学しても、年一回程度「保護者の同窓会」が行われ、それは子どもたちが大学に進学し、そして卒業し社会人になっても、例えば「3A保護者OB懇親会」などと称して行われる場合がある。まあ中学在学時はともかく、そこに至るまで生き残った保護者OBは相当ディープではある。

その懇親会、まあ要は「ママランチ」だが、実はムスコの頃はランチ代が3000円台を超えてはいけないという「3000円ルール」なるものが存在した。

当時の部長(校長)の保護者会における「本校の教育は質実剛健、質素を旨とする。保護者間のつきあいにおいても本校の教育方針にそった行動を心がけていただきたい。例えば懇親会で5000円のランチなどもってのほかである」とのご注意を神の声とする鋼の不文律であった。

ゆえに、懇親会開催のための幹事の打合せ(これは3000円超えても良いから雰囲気の良い高級イタリアンだったりする)では、「一人3000円台の予算で」「総勢30人程度が」「落ち着いた雰囲気で、和やかに、長時間歓談できて」「舌の肥えたマダムたちの要求を満たすクオリティの」店を探すのが最大の課題となる。

場所は都内が望ましい。港区、大田区、渋谷区など山の手在住の家庭が多いからだ。
彼らにとって麻布、青山、六本木、代官山は地元、「ちょっと足をのばして」二子玉川か自由が丘、港北区日吉は南の果て、その先の横浜は番外地、湘南鎌倉は「保養地」である。

代官山で、3000円ランチをやってる、長時間貸し切り可で、おしゃれで美味しい店・・・。あああああ、あるかいっっっっっ!!!!

ところが

ございましたのよ奥様。

お店まるまる5時間貸し切りで
ランチお一人様3000円で
行列のできる鉄人シェフによるフレンチのコースがいただける店が!!!

タネを明かしますと
幹事の一人が株主の店で、無理を言って、ひとり3000円の予算でやってもらったわけです。

名人シェフが腕を振るう料理はどれも素晴らしく、大満足。
昼下がり、雰囲気のよいビストロ、美味しい料理、気のおけないお仲間と和やかな会話。

「ここでアレは欠かせないでしょう」
「お食事代は3000円で収めたし」
「あとは人それぞれってことで」
「せっかく皆さん集まったんだし」

遠足のおやつ500円超えのような、若干の後ろめたさを一瞬感じつつ、ワインリストから好みのワインをチョイスする。

そして、うちのテーブルが先陣を切ったとたんにあっちこっちで、ポンポンとコルクの開栓音が・・・。

ああ、極楽、極楽。

ここまでは。





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4月8日。4月にしてはかなり寒い、今にも降り出しそうなどんよりした朝。

ムスコをたたき起こし、ムスメに朝食を食べさせ、食器棚のガラスを鏡代わりに、絵の具のチューブのようにチュイィィイイ~ッとリキッドファンデを搾り出しチュペ~ッと「はだいろ」を塗りながら、鏡台を占領してネクタイを締めているオットに今日は駅まで車で送れないから自力で行くよう伝えた。

「はぁ? 何言ってんの? オレも行くよ」

えええええ?! 平日にキギョウセンシ様が会社を休んで子どものニュウガクシキに?

ありえん。事件だ。

標準的な詰襟より若干低めの「普通部カラー」に身を包んだムスコと、3人で玄関を出た。学ランの金ボタンは細身のペンマークのエンブレム。

紺のブレザー姿の、地元の公立中に通う小学校の同窓生とすれ違い挨拶する。

そこはかとなく漂う「特選感」に、ひそかにうっとりする。

3年間、テマ、ヒマ、カネ、ワタクシが持てる全てのエネルギーを投入して得たものだ。まあそれぐらいは許してもらおう。

受験勉強に全く協力してくれなかったオットが嬉しそうに付いて来るのもどうなのかと思ったが、中学受験をさせること自体は彼の方針でもあったし、カネは出すが口は出さないところが却ってやりやすかったとも言える。やっぱり入学式は特別の日だしね。

 湘南新宿ラインのおかげで都内へのアクセスは格段に向上したとはいえ、神奈川、特に南部では2日入試の栄光、聖光が「オトコの本懐」である。

つまり、2日にどちらを受けるか、次に1日は御三家か中堅か、3日は浅野か筑駒か、というパターンが多いのではないだろうか。同じ栄冠組男子の多くが麻布(御三家でいちばん神奈川寄り)を選択する中、うちは通学の利便性と「麻布より難易度が低いから引っかかりやすいかも」という理由で普通部を選択した。

結果、縁あってお世話になることになったのだが、実はこの学校、本懐の併願先として、なんとなく受けるには最も相応しくないところだ。

150年続く「塾」の(「大学部」が後からできたので)起源そのものと言う人もいるほど本流意識が流れている。

御三家と受験日の重なる1日入試校ゆえ、入学者のほとんどが第一志望の子たちだ。姉妹校にたまにいる「ホントは開成に行くはずだった・・・」的ヤサグレ顔の子は一人もいない。入学式では親も子も笑顔満面。幸せいっぱいだ。

両親どころか祖父母まで従えて、お爺様が感極まった風情で塾歌を斉唱している、なんて光景が象徴的だ。

では、これといった思い入れもなく成り行きで来てしまったムスコはこの集団に馴染めなかったのか。
そうではなかった。

丘の上の門を一歩くぐると、そこは強烈な「社中」という磁界。

瞬時に強烈な三色の鉱泉に吸い込まれ、しっかりとしっかりと染め上げられてしまうのだった。

ムスコはすっかりこの世界に溶け込み、普通部生活を楽しんだ。
毎日が楽しくて楽しくて楽しくて楽しくて、仕方がない様子だった。

一学年約240人のうち内部(幼稚舎)からの持ち上がりは例年70人前後。その全体の3分の一に満たない彼ら内部生が多勢の外部生に希釈されるのではなく、行動規範、強烈な染材として新入生を染め上げてしまうのである。そして今日の入学生たちの大多数は、3年後、駅の反対側にある高校に進学し、新たに入ってくる数百人の染料となり。
そうやってこの巨大な鉱泉は150年、磁力を保ち続けてきたのだろう。

とにかく、凄まじい求心力。ワタクシが今まで関わった組織で、これほど磁力の強いものはない。





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ムスコが潜り込んだ普通部は、他の姉妹校とともに学費ランキングで上位にランクインする。

(「となりの芝生・中高一貫6年間の学費総額」)

ムスコの初年度納入金は入学金、授業料、施設設備費、教材費等約135万、今も同じぐらいだと思う。
合格発表の翌日2月4日中に金融機関で振込みし、午後3時までに領収書を持って校舎内に設置された特設会場で入学手続を完了しなければいけない。

そのほかに塾債、在学中毎年5万円以上の寄付(教育振興資金)、

塾債というのは在学期間中、その運用益を学校運営資金となる学校債で、卒業時に返還される。一口10万で3口以上の協力要請があり、それを断ったり2口以下で済ませた人は・・・聞いたことがない。

普通部教育充実資金
任意の寄付を「お願い」される
本当に「お願い」なのか
透明強制ギブスつきの「お願い」なのか
聞いてあげると困ったときに助けてくれる小人さんの「お願い」なのか
そのあたりが気になるところだが
結論から言うと、純粋な「お願い」であった。

しなくても肩身が狭くなることもないし(実際しない人のほうが圧倒的)
したからといってなにか良いことが起こることもない。
三田評論(慶應義塾機関誌)に名前と寄付金額が載るだけである。

うちはおねだり上手な当時の部長の熱いトークに乗せられ「みんなやるのだろう」と思って、
とりあえず○十万寄付した。翌年確定申告をしたら3万ぐらい所得税が戻ってきた。
納税額と寄付金額によって還付額は変わるが、課税所得1000万の人が100万寄付したら30万以上所得税が戻ってくる。

地方税も同じように戻ってくるから、それぐらいの所得層には「どうせ税金に取られるのだから」と、愛する社中に惜しげもなく喜捨する人も多いだろう。
逆に言えば、家計が逼迫しているのに「わが子が肩身の狭い思いをするのでは」と無理に金策してまでのことではないのかな、と思う。
「逼迫した家計」ってどっからどこまで? そんな家庭が私学、しかもお学費ランク特級の大学付属校ってどうなの? というツッコミもあろうかと思うが、それを言い出したらキリがない。

とりあえず教育振興資金5万×3年はマスト、塾債は普通に10万×3口やっとけ、教育充実資金はしてもしなくても全然問題なし、ってところで納得して頂ければ。

初年度の135万+デフォ寄付15万+塾債30万で180万、それに制服や指定鞄、学用品などを揃えて軽く200万、定期代や毎年行われる学年旅行、水泳教室、スキー学校、部活によっては部費や合宿の費用もバカにならない。

決して軽い負担ではないが
これで、ムスコが豊かな環境で大学まで実りある学生生活を送ってくれれば十分、
むしろこれですむなら安いものだと当時の私は思った。

これですむなら

これですむなら

こ~れ~で、す~む~な~ら



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オバケット

プロフィール

叶口 すず
(かのぐち すず)
1960年生まれ。
横浜市内勤務
湘南で生まれ育ち、都内の大学卒業後、横浜で就職、結婚、子育て。数十年の回遊後、再び湘南海岸に。


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