Q62
二学期も始まり、学園祭も終わりました。
普通の日常が戻ってまいりましたが、息子は相変わらずです。
というか、もっとひどい感じです。
昨日も少し息子と話しましたが、
「どうしても勉強する気になれない」
「単語のテストの追試が明日あるが、受かろうとも思えない」
などと、私がゾッとする言葉をたくさん発してくれました・・・
学園祭では頑張っているように見えました。
夏の最後の校外学習で、友情も深めたように見えました。
それぞれ、彼の中には何かいいものを残してくれたはずです。
でも、変わらないどころかどんどん無気力になっていきます。
今朝も、何か鬼にでもとって食われそうな悲惨な表情で学校へ行きました。
昨日の感じだと、学校へも行かなくなるのかと不安です。
中2はそんな時期なのかもしれませんが、心中は穏やかでいることはできません。
こらえて、こらえて、あまり何も言わず、楽しい話題を話すように心がけてますが
無理があります・・・
りんこさん、正直に言って辛いです。
(トミーちゃんからメール頂きました)
A62 ほっておく勇気
トミーちゃん、遅くなってごめん。
日々、頑張っていること、私はちゃんとわかっているつもりだからね。
トミーちゃん以外にも、このことで悩んで相談してくださっている沢山の方のために、
トミーちゃんご本人だけではなく公開でのお返事にさせてください。
まず、これを読んでくれている「同じ経験」を現在進行形で悩んでいる母、
とっても多いってこと、何回でも言うよ。
決して、あなたの子どもだけではないし、私はそれが少数派だとも思わないし、
母の育て方が悪いわけでもないし、
今の状態がずっと続くわけでもないということも何回でも言う。
でも、時計の針が一気に5年後とかにはならないから辛いでしょう?ってことも分ってるよ。
この気持ち、経験ない人には分らないよね、きっと。
私ね、先生に「この子は脳腫瘍ですから病院に連れて行きます」って
泣きながら言ったときがね(詳細を読みたい方「偏差値30~卒業編」でどうぞ)
人生の底のような気がしてた。
中高一貫校に入れさえすれば、この子は私の思い描く幸せのルートにのってくれる
と思っていたのに、そのルートどころじゃなくなる恐怖感で狂いそうだった。
そのときに友人に
「こんなこと言っちゃったよ、担任に!」って自暴自棄になって話した気がする。
そしたら、友人がね
「りんこはまだマシ!アンタは自分から脳腫瘍って言ったんでしょ?
アタシは先生から『お宅のお子さんは目が死んでいる』と直接言われたんだよ!」
って言われてね、ふたりで泣き笑いをしててね、
すごくホッとした記憶があるんだよ。
それからね、もう10年近くの時が流れ、ああ、世の中には沢山の母たちが
学校からのプレッシャーと中高一貫校に入れてしまったプライドと怯え、
それから何よりも奮起しない我が子に疲れているっていう実態があるってことがわかってきた。
自分だけだと思っていたけど、そうじゃないんだなって思ったんだよ。
ある母は先生から「寝方が異常ですから病院で精密検査を」と真顔で言われたと言うし
ある母は先生から「苛められたっていつまでも被害者ぶるようにして保健室登校なんてやって、
高校に行っても単位は認められませんよ」と言われたと言うしね
ある母は先生から「学校のせいではなく、ご家庭の問題でしょう?」と突き放されたと言うしね
学校と母との間にはこんなにも見えない隔たりがあるんだなって思った。
トミーちゃんが何故、私が学校の先生を紹介するのか不思議に思っただろうけど、
私は出来得る限りそういう母と学校とを繋げたいって思うんだよね。
信頼ないところには愛は生まれないから。
先生は真剣に考えていたよ。この糸を自分から断ち切らないようにね。
ここまでの話は、悩んでいるのはトミーちゃんだけではないってことね。
私ね、今ね、強烈に後悔というか、息子にこころから悪かったと思っていることがあって
それはね、彼の話を全く聞こうとしなかったってことなんだ。
私、自分の理想像があって、小さなお庭なんだけど、
その小さな自分の理想の庭から息子がはみ出ることが嫌だったの。
どうにかして、そこに押し込もうって焦って焦って、彼の声は聞こえなかった。
「提出物が出ていない」って学校に言われたら、それは私の恥だから、そのこと一点で怒ってた。
「学校に来ない」って学校に言われたら、その選択は私にはなかったから、
訳も聞かずに怒鳴って無理矢理に行かせようとした。車で学校に捨てたし。
他にもいろいろある。大学には行かずに専門学校に行くと言ったときも、忌み嫌ったし、
もうね、自分の理想のお庭から全速力で逃げようとしている息子を
人生の落伍者とばかりに罵っていたんだよね。
長い間、息子の良いところが一個も言えなかった。
ただただ、こんな子を持ってしまった自分が可哀そうだったんだよ。
これはトミーちゃんではないけど、今、中2の息子さんに家庭教師を付けようか悩んでいるというメールをくれている母いるよね。
聞いて。
私はね、すなあらし(オバケット掲載)のすずさんのように、息子の意見は
何も聞かずに強制的に中高一貫校深海魚御用達補習塾に入れたの。
(偶然にも同じ塾で笑える!)
結果は私にとっては、もっとひどい精神状態に追い込まれた。
勝手にバックレやがるから、塾から私が怒られるわけ。
塾からのお叱りの電話を受けたくない一心で「行け!」だの何だの言って、怒鳴りまくってた。
なんで彼の話を聞こうともしないで、彼の目を見ようともしないで、
自分だけの「常識」を押しつけたんだろう。
息子はもう母の背も越したひとりの感情を持った人間なのに、
それすら気が付かなかったんだよね。
いつまでも自分だけの可愛い言うことを聞く息子なんだと思い込んでいたのかも。
必死でやった中学受験経験者母の落とし穴かもね。
今ね、自分が望みもしていないことを押しつけられて、
黙って従う子じゃなくて良かったって思っている。
全力で撥ね退けてくれて、むしろありがたかったと思わないといけないんだって。
「常識」を変えることは難しい。
でもね、これに早く気付いた母順に、穏やかな日常に戻れるんだよ。
友人の息子で、医者の子でひとりっこだったから、小さいときから
代々の親の職業を継ぐのは当たり前って意識が強いウチに生まれた子がいるんだけど、
まあ中2あたりから、暴れるわけではない静かな反抗がきたんだよね。
なんせ勉強しない。一貫校からは勧告かかる。母は叱咤激励する。
当然、塾はかけもちしていく。
お情けで高校に上がってからも、さっぱりでその母は私に会うたびに泣いてた。
高校になって、その子にうつ症状が出てね、母は生きているだけでいいって気持ちになって、
医者だからスムースに投薬治療が始まったわけ。
その頃、高2の秋くらいだったかな。
その母とふたりで「息子にあれやこれやと言うの、もうやめようね」って
堅く誓い合った日があったんだ。
それからね、その子が高3になって受験を考えだしたときに
「家庭教師を付けて欲しい」って親にお願いしたんだって。
何かが吹っ切れて、勉強したいって気持ちになったらしい。
そのときの先生がまたいい先生で、彼に明るい未来予想図を描かせたみたいなんだよね。
「自分の力で切り拓きなよ」みたいな感じって言ってた。
そこから勉強して、まあ、元が出来たんだろうけど、今、医学部に行ってる。
自分のように悩んだ子の力になりたいんだって。
ああ、やっぱり本人がやろうとしたときにしか扉は開かないんだって強烈に思った。
「好きだ!」「やろう!」と思うことしか人間やれないんだよ。
私たち母は子どもが「何が好きなのか」を6年かけて、
ゆっくり考えて欲しくて一貫校に入れたんじゃないの?
トミーちゃんの息子さんは「何が好きなの?」「得意なことは何?」
諦めるのではなく、放り出すのでもなく「待つ」ってことは辛いね。
子どもはますます母と話さなくなるから、話をするときにはね、前に言ったかな?
横並びに話しなね。
散歩でもいい。ドライブでもいい。添い寝はちょっと出来ないかもしれないけど、
とにかく横並びね。
ゆったりとね「背が伸びたね」とか「学園祭がんばったね」とか、
「AKB好き?」とか、そういう何気ない日常の話をしてね。勉強の話はしちゃだめだよ。
お母さんが取った酷いテストの点数の話とかね、受験で実は失敗したんだとかね、
そういう笑い話はいいけどね。
それでね、こう言えたら最高だと思う。
「お父さんの子だから大丈夫。親だから心配はするけど、好きにおやり」って。
トミーちゃん、それから沢山のメールをくださっている母たち。
これから長い時間がかかる。魔法のように目の前が開けることもない。
でも、やってみて。
成績や、提出物や、やる気や、頑張っている様子、輝く目、いろんなものが
欲しいでしょう?
でもね、それが「ナンボのものよ!」と母が心底思わない限り、扉は開かない。
きっと今から見れば長い時間になると思うよ。
何度もくじけると思うし、何度も発狂したくなると思う。
そう思ったら、またメールくれればいいよ。
一緒に考えよう。
ランキングに参加しています。よろしかったら、ポチッとお願いします。

にほんブログ村

にほんブログ村
最近のコメント