2012年2月アーカイブ

ツボンヌへの道 その2 健康になりたい!

病気自慢の話をさせてくれ。
あたしゃ悪いが小病ルミ子か!?
(小柳ルミ子に引っかけたんだよ、すまんね、おもろくなくて)
と思うほど、体の調子がわっるいのだ。
 
45歳前くらいだろうか。
体のアチコチにガタがきている感じがした。
病気ではないんだが、病気未満の未病という感じだ。

元々、そんなに体力がある方ではないのだが
(ホレ、運動嫌いで1歩も動かないから)、
寝込むほどのことはなく、まあ普通に「健康状態は良好です」
といった具合だったのだが、何かがおかしい。

子宮腺筋症による生理痛の激しさ、貧血(これは10代から)、
これに慢性肩こり、腰痛が加わっていたのは30代からなのであるが、
45歳の声を聞くくらいから
爆発的に色んなところにガタがきていると自覚し始めたのだ。

まず、健康診断で不整脈が見つかる。
別に今すぐどうのこうのという問題はないのだが、
自分では「心臓だけは丈夫!」と勝手に思い込んでいたのでショックだった。

それから流行り目の後遺症である角膜混濁になり、
ついにはご丁寧に白内障ということまでご指摘を受けている。
「40代なのに白内障!?」
爺さん、婆さんの病気かと思っていただけにかなりのダメージだった。

まあ、冷静になれば昭和22年までは日本は人生50年だったわけだから、
晩年に差し掛かっているには違いないのかもしれない。
しかし、こういう宣告は確実に老いているような気持ちになる。

そして、これらに加えて今も全く完治していない偏頭痛が始まった。
アタシの場合、緊張型偏頭痛といわゆる普通の偏頭痛が混じった混合型
というタイプで「治しにくい」ものなんだそうだ。
それは朝起きた瞬間から始まり、本格的な頭痛になりそうなときに
頓服薬の服用タイミングを逃すとゲロゲロ吐き出し、
しばらくは使いものにならないというもので、
いつ始まり、何が原因なのかも全然わからない。
しかも毎日のように鈍痛がする。
普通にしゃべれるし、動けるし、仕事も出来るのであるが、
起きている限りは常に鈍痛がする毎日に辟易していたのだ。

片頭痛のお医者さんはこう言う。
「婆さんになっても偏頭痛って人はいないから、婆さんになるのを楽しみに待て!」
待てるか!ンなもん!!と腹の中で思うが、
医者に怒っても治らないものは治らない。

更にお医者さんはこう言う。
「これね鬱病と夜尿症に効く薬なんだけど、
片頭痛にも効くから、これと、片頭痛薬と胃薬、毎日、予防薬として飲んでね」

フン、幼児じゃないんだから尿漏れはしても、おねしょなんかしねっつーの
と文句を垂れているが、
症状がひどいので薬に頼らざるを得ない暮らしになってしまった。

「先生、過食が止まらないっていうか、食欲があって、
すごく食べちゃうんですが、これが鬱なんですね?ね?
もう、この際、鬱って言ってください!デブになる理由が知りたい!」

医者はこう言って大笑いをした。
「偏頭痛よりデブのが気になるの?
鬱にそんな(阿呆なことを言う)人はいません(きっぱり)」

それでも、片頭痛持ちはいつも軽い頭痛に晒されているせいか、
気分が良いとここぞとばかり一気に食べる傾向はあるようで、
食べていると頭痛を忘れるので、太りやすいというような話をしてくれた。
同じように眠ってしまえば頭痛から解放されるので、
それもあって眠気が襲うのかもしれないという。
うわ~、過食と惰眠を貪るデブは片頭痛のせいかい!?
まあ、理由がわかった(のか!?)だけマシなのであるが、
どげんかせんことにはドンドンおかしくなるということだけはわかった。

40代のアタシの生活はハチャメチャだった。
自分で書いた本を店頭に並べてもらえるということは
本当にありがたいことなのであるが、
締め切りを持って書くという作業が地獄のように辛いということを知らなかったのだ。

一文字も書けないときは書けない。書けないったら書けない。
なーーーーーんも思い浮かばない。
編集者にどんなに呪われようとも書けないものは書けないのだ。
しかし、書けるときには文章の神様が降りて来たごとくの快感が走り、
夜中だろうと、何時間でもぶっ続けに書くことが出来る。
不規則極まりなく、全く眠らない日があったかと思えば、
冬眠してんのか!?っていうくらい眠る日もあり、体に悪いことこの上ない。

特にひどいのは食生活だった。
なーーーんも食べないときもあるかと思えば、
なーーーんのアイデアも出ないときには口寂しさから、常に何かを頬張っている。
それは朝だろうが、昼だろうが、夜だろうが、
カロリーが高かろうが、何のためらいもなく、
苛立ちを埋めるかのように口に食べ物を運んでいた。

そして、家族と常に食卓を共にしたため、
娘と一緒に食べる、更に次に帰って来た息子と一緒に食べる、
更に更に最後に帰って来たダンナと一緒に食べるという具合に
夕食だけでも3回ご相伴に預かる(しかも毎回、美味しく頂く)。
更に更に更に恐ろしいことに、
この後、必ず「家族のお茶の時間」というものを設け、お茶菓子を貪る。
「パーティ開けしようね♪」と言いながらポテチの袋を観音開きにして、
奪われてなるものかという程、油の乗ったブツを口に運んでいた。
その時刻、22時は軽く過ぎていたと思う。

自分では自分の姿が見えないため、家族が太っていない、
むしろ痩せているという状態に
自分もそうだろうくらいの感覚でいたのだ。
奴らは日頃、動いているということをすっかり忘れていた。

その内に何をやるにもおっくうで、けだるくなってくる。
つまりなーーーんにもしたくないという病気に侵され始めたのだ。
ドンドン、デブるから未病がドンドン押し寄せるのか、
未病がいっぱいだからデブるのか、
最早、ニワトリと卵の状態なんであるが、
何かがとり付いているかのごとく調子が悪くなっていった。

その頃からだ。46歳くらいから占い師行脚を始めた。
西に良い占い師さんがいると聞けば馳せ参じ、
東こそ当たると聞けば走って(注:車で)行った。
なんで「占い」だったのかは謎なんであるが、目に見えない何かが不安で、
将来に対する漠然とした不安で、
何か自分にとって良いことを言ってくれる人を求めたんだと思う。

担当編集者とも一度一緒に行ったことがある。
そのときはアタシの手を見るなり占いのオバちゃんが
「あら、あなた!可哀そうね~、辛かったでしょう?」と言うので
「やっと解ってくれる人が現れた!」と思い、
アタシの長きに渡る偏頭痛の歴史を紐解いてやろうか!?
と思った途端にこう言われた。

「ご両親とは生き別れ。離婚は何回?」
担当編集者が涙を流して笑っていた。

そんなことにはちっともメゲズ、アタシの占いブームは留まるところを知らなかった。
ついに日本を諦め、世界に羽ばたく。
わざわざ占いだけのために台湾に出掛けたのである。

台湾の良く当たるという占い師はこう言った。
「明るい気のところに居なさい。暗い話も聞いてはいけない、
暗い小説も読まない、暗い映画は見ない。
自分の周りを明るい気で包まなければダメよ。
あなたは幸せ!あなたは幸せなのよ。
現実になっていない不安に怯えていてはいけない!」

40代から先は見えない不安との戦いなのかもしれない。
子どもも育ち上がっているとは言えず、
自分の食いぶちくらいは何とか稼げるような一人前に育つという保証は何もない。
親は親で坂道を転がり降りるように老いていく。
丈夫な父が、そして永遠に生き続けそうだった100歳の祖母が
実際に死んでしまうなんて信じられなかった。
人には限りがあるのだということが事実なのだ。

残された老母の孤独や不安がわかっていても寄り添えきれない己の生活もあり、
そのジレンマに悩み出す。
そして己の老後と健康。
お姑が口癖のように言う「健康さえあれば何もいらんでね。
これだけは代わってやることができん」という意味が
段々と現実味を帯びて解ってきたのだ。

新刊本の校了が終わった直後、アタシは何故だか強烈にこう思っちゃったのだ。
「アタシは健康でいなければいけない」

30分ジムの計測が終わった。
「体重67.95キロ、体脂肪38.3%、体年齢 58歳」
体年齢58って、58って!?

この見るも無残な結果に打ちのめされたアタシは
夢遊病者のようにツボンヌ先生のところに電話をかけた。



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その1 このままではデブで死ぬ

アタシはデブなんだよ。あまり認めたくはないけど・・・。
いや~、自覚はあったんだよ、自覚は。うっすうすだけどね。
5年くらい前からは「ヤバイな」っていう自覚はあった。

最初はカメラマンさんだったかな。
プロフィール用上半身撮影でアタシはいつも着ていた11号のスーツを着てった。
しかしだ。その前ボタンがとまらない。
あれ?とまらないなぁとは思ったんだよ、
うん確かに「とまらないなぁ」とは思ったけどいつもの「まっ、いっか」で、
前ボタンなんか、男性じゃないから、きちんととめなくてもいいじゃん?
そんな感じで撮影場所に行ったらカメラマンさんが「前をとめて」って言ったのさ。

でもとまらんもんはとまらんわな。
カメラマンさん「えっ?(この女、デブで前ボタンが)とまらないの?」
と言って絶句してた。
しかし、モデルじゃないんだから着替えなんかも当然なく、
プロフィール用写真はボタンがとまっていないだらしなーい感じで仕上がった。
なんか、軽く傷付いた。

でもなぁ、その程度では傷が浅かったんだな、今思えば。
「とまりませんが何か!?」くらいの感覚だった。

その頃(40代半ば)の体重は160センチで57キロくらいで
体脂肪も30%に行ったり20%台になったりという、
痩せてはないがそんなに騒ぐこともなかろうという気分だった。

アタシはエステに行った。
3ヶ月で5キロダウンさせてみせます!っていうエステだ。
3ヶ月で10キロコースもあったんだけど、
アタシは奥ゆかしいので「5キロ」にしたのだ。
まあ、現実を見ているということもある。

しっかし、痩せない。
エステって気持ち良いものだという幻想があったんだが、見事に覆る。
エステティシャンがグイグイ肉をもみしだく。これが痛いの何の。
エステティシャンが汗まみれになりながら肉をつかむ。
エステティシャンの魔術のようなつぶやきが聞こえる。
「お肉よ、消えろ!お肉よ、消えろ!」
しかし、消えたのは莫大な金だけだった。

なんせアタシはエステの体の良い鴨になり、
1食置き替えの栄養食品も買わされるわ、
痩せるというジュースも買わされるわ、
これで肉を揉みしだくと肉が消えるとかいう
グレープフルーツ風味の液体も買わされるわで、
いろんなことをしていたからだ。
(しかし、買うだけ買ったら、とっても満足で、使いもせずにそこらに転がしていた)

一番、堪えたのはエステの姉ちゃんの言葉だ。
「真剣に結果を出さない人にはすっごくムカつくんですよ!
何しに来たの?って。普通の主婦だったら(投資した金額は)大金なんだから、
その重大さをもっと感じろっつーの!」

ここまで面と向かって言われて奮起しない、
たまにしか働かない普通の主婦のアタシはどうなってるんだろう?と自分でも思うが、
アタシはそのごもっともなお言葉にたじろいでしまったのだ。
「うっ、ここにはもう行けない!怒られる!怖い!」

次々とかかる新製品の勧誘にも嫌気がさしたころ、
3ヶ月で5キロ痩せるはずなのに、3ヶ月で1キロ太って終了となった。
つまり58キロになったのである。
言いようのない挫折感だった。

そこでアタシはスポーツジムに通うことにしたのだ。
マシンもあれば、スタジオレッスンもあれば、プールもあって、
使い放題で月6800円ってところだ。
しかし、続かない。
アタシは運動が大が付くほど嫌いなのだ。

スポーツジムのスタジオレッスンにはオバさん達の群れがあり、
時々行くだけの、いつまで経っても新参者のアタシには
居心地はいいものではなかったので、段々に足が遠のく。
もちろん運動神経が良ければどうにかなるんだろうが、
ダンス系のプログラムに出ようものなら、
どれが足でどれが手なんだかもわからんという始末。
人と全く違う動きをしているという自覚だけが残る。
要はなんも面白くないのだ。

ジムはジムで汗まみれのオジさん達が今、触ったマシンを使わなければならない。
「うわー!てかてっかのオッサンが汗だらけ!」
自分もベッタベタのオバさんだっていうことは見事に忘れ、思わず逃げ出す。
もちろんマナーとして、タオルで拭くシステムなんだが、
変なところに潔癖症が出るアタシは段々とそこにも足が遠のいた。

運動が土台好きではないのだから、自転車こぎなんかしてられないのだ。
歩くマシンを見ながら「あたしゃ、ハムスターじゃねーつーの!」と悪態をついていた。

そしてアタシはスポーツジムを変えた。
もっとお気軽、お手軽に運動できるところはないものかと。
で、流行りの30分でマシンを2周するだけでバイバイして良い
という女性専用ジムに場所を変えたのだ。

「おお!これなら続くかも!?」
と思ったのも束の間。
本性が顔を出す。
「めんどくせっ」
1回しか使わなかろうと、毎日使用しようと5900円ぽっきりなんだが、
月に1、2回行けば上出来のような状態に突入した。

その頃、アタシは60キロの大台に乗ってしまっていたのだ。
ジムに行ってて何故、太る?

入会したときは62.9キロ 体脂肪33.6%という立派な体格だったんだが、
あれよあれよという間にドンドン太る。

当然、インストラクターからはご注意が入る。
「まず来ないと!」

続けて休むと店長から携帯に電話がかかってくるシステム。
「どうしました?」

どうもこうも、単に怠けているだけだから言い訳ができない。しどろもどろだ。

子どもの学校からかかってくる夕方6時半のお電話に怯えていたアタシだが、
スポーツジムの店長からの電話にも怯えるようになっていた。

アタシは褒められて伸びる子なのに、
褒める要素が一個もないので、ドンドン、現実逃避をする。
我が子が勉強から全力で逃げていた気持ちが解るような気がする。

月初めには、体重測定がある。体の様々な部位まで測るのだ。
それが嫌で、嫌で、月初めの測定期間には絶対に顔を出さないようになり、
測定期間でなくても親切心で測ってやろうとする
インストラクターからは全力で逃げていた。

そんな風に測ることも逃げていた(当然、自宅でも体重計には見向きもしない)ため、今、自分が何キロなんだかも解らなくなっていった。

こうなると全身を鏡で写すという作業なんか、わざわざは絶対にしない。

洋服なんかもドンドンサイズが変わっていった。
そうなると、このサイズに体を合わせようとは全く思わず、
体に合うサイズを求め、アメリカンサイズを取り扱っているショップの常連になり、
それもドンドンと号数が上がっていった。

たまに30分ジムに行った後なんかは酷かった。
猛烈にお腹が空くのだ。
もう有り得なかった。
「アタシはスポーツジムに行ったんだから、ちょっとくらいは食べても大丈夫!」
てめ~に都合の良い言い訳はいくらでも出来た。

自分がおかしいと気付いたのはこの夏過ぎだ。
歩いても15分くらいの場所にあるところにも車で行っていたアタシだが、
なんとジムから併設スーパーに寄って、駐車場に戻って、車
に乗り込むや否や、バナナを貪り食っていたりしたのだ。
(行きつけの美容師さんにバナナダイエットの本を貸してもらったせいもある)

食欲に歯止めがかからず、食欲が満たされるや否や、猛烈な眠気が襲う。
食っては寝て、寝ては食うという繰り返しになった。
寝ても寝ても眠い。食っても食ってもお腹が空く。

当然、ダンナも息子も娘も「デブ!」と罵り、
更には「ホントにヤバイよ!」と警告する。
タマに会う兄でさえ開口一番「誰かと思った!?太り過ぎだ!」と抜かしやがった。
更には、本来は気を遣って言えないはずの立場である義理兄ですらも
「大丈夫?えらい肥えちゃって!」と言い出す始末。

秋にはついに68キロになり、体脂肪は40を突破した。

30分ジムのインストラクターもどうフォローすればよいかの言葉も出ない。
そりゃそうだ。
入会時よりも5キロ増になった会員にかける励ましの言葉なんて、
マニュアルに書いてないんだろう。
急激に増えている体重に体が悲鳴をあげているような気がした。

「マズイ、ヤバイ!このままでは70キロになってダンナを軽く抜かしてしまう!」

ついについに、本気で痩せなければ「死ぬ!」という恐怖感に襲われてしまったのだ。

(続く)



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大きな屋敷に嫁いだ女(嫁ぎ~のになって四半世紀だが)の愚痴を聞いていた。
愚痴の内容はお姑なんだが、このお姑、園芸が好きなんだな。
ハンパなく広い家に、これまたハンパない数の植木鉢があるらしい。

お姑がピンコシャンコしている内は「素敵なご趣味」ってことで
その膨大な数の植木鉢に何の問題もなかったそうな。
しかしである。
気丈なお姑も寄る年波には勝てず、園芸品の面倒をみるどころか
我が身の面倒もみれない空気になっているらしい。
それでも口だけは達者なので、
家族の者に(つまり=嫁ってことだね)命令するらしい。
「植木鉢の面倒をみろ!」

しかし、時は既に遅しで大半が枯れ果てた状態になってしまったそうで、
枯れ花を見たダンナ(嫁の夫、姑の長男)がキレて
「そんなもんは捨てちまえ!」ってことを家族の者に
(つまり=嫁ってことだね)命令するらしい。

嫁は「面倒をみろ!」「捨てちまえ!」の狭間に入り、
いつものことながら大いに困ったそうな。

で、枯れた物は捨てる。残った物は面倒をみるっていう
ちょっと見、ナイスな結論が出たんだが、
哀しいことに、それの選別から廃棄から水やりから、剪定から、
すべての面倒な作業が嫁の手に一任されちまったんだそうな。

「りんこー!あたしゃ、ヘルニア持ちなんだよ!(号泣)」

という昭和の嫁の悲痛な叫びを聞いていたわけだ。

そういう前振りがあったわけだが、あたしゃ、今日、実家に行って来た。
ここにも足腰が立たないお婆さん(実母)がいるんだが、
これがまた植木鉢好きなのだ。

友人の家と違ってお屋敷でもなんでもないのだが、
それでもなんでこんなに一杯あるんだ!?ってくらい植木鉢がある。

お婆さんは命令する。

「ホースで庭に水を撒け!」

ええーーーー!?この寒空にかいっ!?

「柘植の木に絡まっているつるを切って来い!」

ええーーーー!?めんどくさっ。絡ませとけよ!

「植木鉢の植物に水をあげろ!」

ええーーーー!?あんなに一杯あんのに!?一鉢ずつやるんかい!?

「それが終わったら、2階のベランダの植木鉢にもやって来い!
車庫にもあるから忘れないように!」

ええーーーー!?雨が降るまでほっとけよっ!

と思いつつも、アタシが渋ると自力でやれる!と頑張ろうとするので、
余計に面倒なことになると思い、閉口してるんだが仕方なくやり出す。
これだけで半日つぶれるような気持ちがする。

しかし、お婆さん(実母)に嫌々やっているのが見抜かれるので
「口の聞けない植物に対する思いやりがない」と怒られる。

アタシ的には昭和天皇方式(アタシの解釈では自然のままほかっておく)で上等!
って思うのであるが、そうはいかないらしいのだ。

かくて、アタシは膨大な数の植木鉢と格闘する。

あー、お婆さんって断捨離とは対極にいるんだな~(ため息)。



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オバケット

プロフィール

鳥居りんこ・・・1962年生まれ。エッセイスト。
ひょんなことから自前のHPに我が子の中学受験体験談を連載。
後に「偏差値30からの中学受験合格記」として学研より出版。
その他著作として「ノープロブレム答えのない子育て」 「本当に聞きたかったQ&A ぶっちゃけどうよ!?」など。
湘南の漁村に住んでいる。出来の悪い子どもの話と夫婦仲がよろしくない話は三度の飯より好きかも。

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